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CES 2023~米ラスベガスで3年ぶりに本格開催
宇宙・空・海・陸の全モビリティが競演

海外動向

清水 計宏

数え切れないほどのテクノロジーの出発点

 年明けの2023年1月5~8日までの4日間、米ラスベガスでコンシューマー(消費者)向けテクノロジーの国際見本市であるCES2023=写真=が米ラスベガスで本格開催された。いまや数え切れないほどのテクノロジーと将来ビジョンの出発点となっており、目が離せないビックイベントになっている。一昨年から拡張されたラスベガス・コンベンション・センター(LVCC)のほか、ベネチアン・エクスポ(Venetian Expo)、アリア(Aria)、マンダレイベイ (Mandalay Bay)、ウェストゲート(Westgate)、ルネサンス(Renaissance)など市内11カ所を会場に、260万平方フィート(約24万1548平方メートル)の敷地面積を使って繰り広げられた。昨年は、新型コロナ感染症(COVID-19)のオミクロン株が猛威をふるうなか、対面形式で開催されたものの、当初より1日会期を短縮した。参加者は屋内でマスクを着用し、事前にワクチン接種証明書の提示が必要だった。今回は、4日間の会期に戻り、屋内でのマスク着用やワクチン接種証明書も必要なくなった。

 2021年から始まったデジタル・プラットフォームは、バージョンアップして稼働し、CES 2023に海外からリモートで参加することもできた。コンファレンスセッションやインタビューの多くがアーカイブされ、2023年2月末まで視聴できる。会期中に実施されたカンファレンスは175セッション以上に上った。
 3年ぶりに勢いを取りもどしたCES 2023は、主催者のCTA(Consumer Technology Association)から、世界173カ国から3200社以上の出展と事前発表されたが、実際には世界174カ国から約3800社に及んだ。出展者数は、2020年開催時の4419社には及ばなかったものの、対面式となった2022年開催時のスタートアップ800社を含む2279社から70%の増加となった。新規出展社数は約1000社に上った。
 このうち、米国企業は約1700社、次いで韓国から約550社、中国からの400社が多かった。事前登録者数は11万5000人超で、このうちメディア関係者は 69カ国から約4800人だった。
 CTAは、ウクライナへの侵略を理由に、ロシア企業の出展は許可しなかった。しかし、ウクライナの特設ブース「Ukraine Tech(ウクライナテック)」が設けられた。ウクライナ企業の出展は初めてではなく、2017年からEureka Parkに「ウクライナ・スタートアップ・パビリオン」を設けてきた。
 CTA の社長兼 CEO であるゲーリー・シャピロ(Gary Shapiro) 氏は、ロシアによる侵攻について、「ウクライナの人びとと独立国家に対する悲劇的で違法な攻撃」と明言しているほか、インタビューに答えるときは、ジャケットの襟元にウクライナ国旗のピンを付けて応じることがあった。

「循環」「電動」「デジタル」が自動車の3要素に

 CES 2023では、オートモーティブ(Transportation and Mobility)、デジタルヘルスケア(Digital Health)、Web 3.0とメタバース(Web3/Metaverse)、持続可能性(Sustainability)、全ての人のための人間安全保障(HS4A:Human Security For All)の5つが主要テーマとなった。
 イベントのプログラムは、国連とのパートナーシップにより、今年初めてHS4Aという包括的なテーマに準拠した。CESは、国際的な非政府科学組織である世界芸術科学アカデミー(WAAS:World Academy of Art and Science)とパートナーシップを結んでおり、食糧、医療アクセシビリティ、所得、環境保護、個人安全、地域安全保障、政治的自由を促進するHS4Aのグローバルキャンペーンに協力している。ちなみにWAASは、90カ国以上の 800人超の科学者、芸術家、学者のグローバル・ネットワーク。
 HS4Aには、人間の安全保障だけでなく、食料・経済の安全保障、個人の安全と自由に移動できるソリューション、医療へのアクセス、環境保全、コミュニティセキュリティ、政治的自由も含まれている。このキャンペーンは、空気、水、ヘルスケアなど基本的な生活と人権を守っていくミッション(使命)でもある。AI(人工知能)やロボティクス、フードテックなどで世界をより良くしていこうとするプロジェクトも入っている。
 拡張された西ホール(West Hall)には、約 300 の自動車関連企業が集結。2022 年よりも約 25% 増のフロアスペースが確保された。最新の自動運転技術、EV(電気自動車)、パーソナル・モビリティなどが出展された。
 CTAのゲーリー・シャピロ氏は、これからの自動車の3要素として、「Circular(サーキュラー:循環)」「Electric(エレクトリック:電気・電動)」「Digital(デジタル)」を挙げた。「循環」は、完全(100%)な循環性を意味しており、自動車を構成する、すべての原材料が再利用できるということを意味している。

 BMW取締役会長兼CEOに就くオリバー・ツィプセ(Oliver Zipse)氏=写真右=は、開幕前夜のキックオフ基調講演のステージで、「循環・電動・デジタル」はモビリティの未来であるのは明らかだとし、これを実現した持続可能(サステナブル)なブランドとして、「BMW i Vision Circular」(BMW i ビジョン・サーキュラー)を発表した。「これは、100%の循環性という私たちのビジョンを形にした。つまり、クルマを構成するすべての原材料が再利用できるということだ。プレミアムなモビリティの未来であり、私たちが取り組んでいることだ」(オリバー・ツィプセ氏)BMWは、循環経済(サーキュラーエコノミー)の4つの原則を掲げており、このモデルも「RE:THINK」「RE:DUCE」「RE:USE」「RE:CYCLE」に従ってデザインされている。ステージには、アーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger)氏=写真左=もゲストとして登場し、BMWにエールを送った。「気候変動や地球温暖化について、ずっと議論が続いている。現実には毎年 700 万人が、そうした災害や大気汚染のために亡くなっている。だから、もはや議論や討論の時期は終わったと思う。いまや私たちは行動しなければならない。地域レベルでも、全国的にも、世界的にも行動しなければならない。......肝心なことは、テクノロジーが深刻な問題を解決できるということだ。それで世界も変えることができる。皆さんが、いま見たように、それはとっても楽しいものになる可能性もある。BMWプロジェクト全体では、私はごく小さな役回りだが、宣伝にかかわることができることに、とっても興奮している」「他の企業と、これまでのような競争をするのではなく、未来への道を切り開き、新しいテクノロジーを採用した BMW を祝福したい」と締めくくった。

 さらに、コマンドひとつでボディカラーを自由に変えられる中型セダンのコンセプトカー(ビジョンビークル)「BMW i Vision Dee」 をデモして会場を沸かせた。車体には、E Ink 技術を使った電子ペーパーフィルム(台湾E Ink社製)が240枚貼り付けられており、32色の中から数秒で自由に変えられる。車名の「Dee」は「Digital Emotional Experience」の意味を込めたという。

持続可能な未来への道は電動化だけではない

 脱炭素社会に向けて、モビリティの電動化の動きが加速している。この波は、空、海、陸の運輸・輸送にも広がっている。自動車やモーターサイクル(バイク)だけでなく、eVTOL(電動垂直離着陸機)やエアタクシー(Air Taxi)に代表されるエアモビリティ、農業機器、船舶といったあらゆる電動モビリティが、CES 2023に勢ぞろいした。
 海運・船舶では、エンジンに代わってモーターで動く船が増えており、この業界を主導するBrunswick Corporation(BC)やVolvo Penta、Navier、Candela が電動ボートを展示した。造船、重機、機械、石油の韓国最大のコングロマリットであるHD Hyundai は、子会社である Avikus と共同開発した船舶・ボート用の自動運転システム「Avikus AI」テクノロジーを発表した。
 空のモビリティでは、イスラエルのNFT社が2018年に設立し、米カリフォルニアのLos Altosに拠点を設けているASKAがエアタクシー「ASKA A5」を野外に出展した。空を飛行するだけでなく、クルマのように路上を走行することもできるという。この開発・製造工場はカリフォルニア州マウンテンビューにある。

 オランダに本社を置くStellantis(ステランティス)は、米Archer Aviationが開発しているeVTOLの生産に協力すると発表した。この製品は「Midnight(ミッドナイト)」=写真=と呼ばれ、最高飛行速度が時速150マイル(約241km)、パイロット1人、乗客4人が搭乗できる。合計12基のローター(回転翼)を装備する。航続距離は100マイル(約161km)だが、20マイル(約32km)程度の区間の往復(シャトル)に適しているという。現時点では10分の充電で約20分の飛行ができるという。Stellantisは、フランスで、プジョー、シトロエン、DS、オペル、ボクスホールの各ブランドで自動車の製造・販売していたPSA(Peugeot Societe Anonyme:プジョー株式会社)と、イタリアと米国の自動車メーカーのFCA(Fiat Chrysler Automobiles)が折半出資して誕生した自動車企業。

 もちろん電動化にも課題はある。米国の農業機械、建設機械のメーカーで、電動化にも積極的なジョンディア(John Deere)でCTO(最高技術責任者)に就くジャミー・ハインドマン(Jahmy Hindman)氏は、農機具の電動化と代替エネルギーについて見解を語った。
 「持続可能な未来への道は、車両に電力を供給する電動化だけに依存しているわけではない。植物から作られるエタノールや再生可能バイオ燃料は、ディーゼルなどに使われるが、これも解決策のひとつとなるはずだ。なぜなら、高馬力機具の大規模な電動化は、かえって電動化の未来を短期的に実現する可能性を低くしてしまい、深刻な技術的課題に直面してしまうからだ」
 例えば、約 310 馬力のピーク馬力の 75%で1 日 14 時間、畑で稼働する最新の自動トラクターは、「Tesla(テスラ)の主力製品である『Tesla Model 3』 の長距離バッテリー 38 個分に相当するエネルギーを消費する。そのバッテリーの容量は 1万5000 リットル、重量 4万8000 ポンド以上になる。そうすると、現在のトラクターの重量とサイズは 2 倍になってしまう。電動トラクターの価格は従来の 4 倍にもなる」
 電動化だけが、持続可能な未来ではなく、バイオ燃料や水素エネルギー、エナジーハーベスティング(Energy Harvesting)などいろいろある。さらに新たな代替エネルギーが発明される可能性もある。

Eureka Parkには世界20カ国から約1000社が出展

 話題性のあるスタートアップや研究グループが集まり、新たなサービスやアイデア、製品を発表する機会となっているEureka Park(エウレカパーク:473平方メートル)には、世界20カ国から約1000社(2020年は1200社超、2022年800社)がベネチアン・エクスポ(旧サンズ・エクスポ)に集まった。出展関係者のほか、スタートアップをサポートする投資家やメンター、新規開発担当らで会場は盛り上がりを見せ、グローバルな商談が繰り広げられた。

 テックスタートアップは、フランスから 200社、台湾(TTAパビリオン)から96社、オランダから 70社、韓国(K-Startupパビリオン)には50社、日本(J-Startup)に36社、ドイツは20社だった。Ukraine Tech=写真=も、ここに特設され12社が出展した。台湾のTTA(Taiwan Tech Arena)パビリオンは、過去最多となるスタートアップを集めたブースを設け、米国との強い絆を示した。これには、台湾の国家科学技術委員会(旧科学技術部)、国家発展委員会(省レベル)、経済部(経済産業省に相当)、数位発展部(デジタル発展省)の4省庁が協力した。TTAパビリオンのテーマは「スマートライフ」「スマート医療」「AI・情報セキュリティ」「スポーツ&グリーンエネルギー」「新技術の研究開発」だった。韓国は、Eureka Parkとともに、メイン会場のLVCC内に「モビリティ」と「ESG(Environment,Social,Governance)」関連のイノベーション技術を集めた「ソウル技術館」を初出展し、大企業とスタートアップが6社参加した。

 かつてCESは、「International CES」と称して、テレビ、VCR(VTR)、オーディオ、ゲーム機などのホームアプライアンス(家電機器)を中心とする国際見本市だった。その役割は、家電業界の発展とともに、コンシューマーの便利で快適な生活を追い求めるものだった。
 近年のCESは、人類にとって地球環境が悪化するなか、サステナビリティ(持続可能性)やグリーンエコノミー(循環経済・環境保護)への取り組みといった、地球的な問題の解決にも目を向けるようになっている。それだけでなく、気候変動や資源制約、食料不足、高齢者人口の増加とともに、テロリズム、感染症の蔓延、ロシア・ウクライナ戦争を受けて、社会の不透明感が増すなか、環境の激変への対応やセキュリティの確保にも向かい合っている。
 グローバル化した社会・経済のなかで、多種多様な人びとが個々の力を最大限発揮できるようにするための取り組みであるダイバーシティ&インクルージョン(D&I:Diversity and Inclusion)」(社会的包摂)についても強くアピールした。もちろん、ジェンダーパリティ(社会的・文化的性別公正)やレジリエンス(回復力)、アクセシビリティ(使いやすさ)については、すでにCESに根を下ろしている。
 家電業界においても、リサイクルと環境に優しい製品の開発・製品化を通じて、持続可能性を高めていくESGの観点は、長期的な成長を見据えても、不可欠なものになっている。それに対して積極的な将来ビジョンを示すことは、ブランディングやコンシューマーとのエンゲージメントにも不可欠になっている。
 こうした地球規模の課題解決への道筋を、テクノロジーの視点から示すことがCESの使命となっており、CES 2023ではさらに明確になった。

Space Techで「地球低軌道の技術開発」のセッションも開催

 CES 2023の特徴の一つとして、宇宙技術である「Space Technology(宇宙技術)」の定着を挙げることができる。 
 今回は、ラスベガス・コンベンション・センター(LVCC)の北館(ノースホール)で関連するコンファレンストラックが組まれた。

 その一つが、「地球低軌道の技術開発―― 宇宙からの宇宙飛行士の視点(Tech Dev in Low Earth Orbit - An Astronaut's Perspective from Space)」=写真。2023年 1 月 6 日午前8 時 30 分(太平洋時間) から9時10分まで北館N232で実施された。このセッションでは、国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)の宇宙飛行士と会場とが4Kライブストリーム(4K 解像度でのダウンリンク)で結ばれ、タイムラグがあるなかでも自然な対談が進行した。

 パネリストは、CNN のレポーター(記者)であるジャッキー・ワトルズ(Jackie Wattles)氏=写真、 ISS 国立研究所(National Lab)主任科学者のマイク・ロバーツ(Mike Roberts)氏、P&G研究所(Procter & Gamble Research) のフェローであるマーク・シビック(Mark Sivik)氏、Redwire Spaceのチーフサイエンティストのケネス・サビン(Ken Savin)氏。この4人に共通することは、ISSと宇宙にかかわる仕事に携わっていることだ。さらに、NASAの宇宙飛行士であるニコール・アウナプ・マン(Nicole Aunapu Mann)とフランク・ルビオ(Frank Rubio)の両氏がISSからライブ中継で加わった。進行役を務めたジャッキー・ワトルズ氏は、CNNビジネスのライターとして、民営の宇宙飛行産業を担当し、宇宙ロケット、衛星、宇宙旅行などをカバーしている。ワトルズ氏は、「それでは、マイクから始めましょう。ISSでは地球上でできない、さまざまな研究をしていますが、その研究理由を簡単に説明してくれますか」と口火を切った。

民間の宇宙での研究をサポートするISS国立研究所

 マイク・ロバーツ氏=写真=は、22 年以上にわたってNASA(米国航空宇宙局)に勤務し、宇宙の仕事をしてきた経験とISS国立研究所の役割と使命について語った。ISS国立研究所は、業界のパートナーとともに、ISSプロジェクトを推し進め、米国の大小の企業や産業部門が、宇宙で R&D (研究開発)に取り組むためのサポートをしている。宇宙へアクセスして、研究活動ができるようになれば、さまざまな技術が発達して、人類全体に恩恵をもたらすことになる。「ISS国立研究所は、米国経済の他のセクターとかかわり、投資目的にもとづくポートフォリオを構築している。このため、パートナー企業は宇宙環境にアクセスして、その企業に特に関心のある分野の技術開発をISSで手掛けることができる」ロバーツ氏は、ISS国立研究所の役割は、民間の研究者が宇宙へアクセスしやすくすることだと語る。「これにより、P&Gのような企業がRedwireのようなところと協力ができるようになる。地球低軌道の微小重力のISSという研究所にアクセスして独自の利益や科学的知見を引き出し、それを利用して製品開発や医療機器の改良につなげ、地球上に住んでいる私たちにとっても役立つことになる」

 いまやノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)が運営する SpaceX やCygnus(シグナス)の宇宙開発もあり、頻繁に地球低軌道にアクセスできるようになっている。Cygnusは、ノースロップ・グラマン・イノベーション・システムズが旧オービタル・サイエンシズ(OSC)の時代から開発してきたISSへの物資補給を目的とした無人宇宙補給機である。
 さらに、航空機や宇宙船を開発するSierra Nevada Corporation(SNC:シエラ・ネヴァダ・コーポレーション)の宇宙部門が独立する形で、2021年4月に設立されたSierra Spaceが、有翼宇宙往還機「Dream Chaser」や商用宇宙ステーション「Orbital Reef」の開発に取り組んでいる。
 Sierra Spaceは、2023年後半にプロのキャリア宇宙飛行士を選抜し、2024年にその宇宙飛行士の訓練を開始する予定。2026年には民間宇宙飛行士の飛行をスタートさせる計画である。選抜された民間宇宙飛行士は、Amazon.com創設者のジェフ・ベゾス氏が設立した航空宇宙企業であるBlue Origin(ブルーオリジン)と共同で、商業民間宇宙ステーション「Orbital Reef(オービタル・リーフ)」の建設に着手することになっている。このように乗組員、宇宙旅行客、貨物をISSやその他の宇宙施設まで運ぶ手段が増えている。
 その一方で、「NASAは月探査、火星での移住といった未来を現実のものにするため、大規模な取り組みを続けている。現在のNASAの任務は、宇宙船やロケットの建設と、月着陸後の人類の活動の構想を考え、実現へ向けて着実に進んでいくことだ」(マイク・ロバーツ氏)

P&Gの「Tide」チームが水を使わない洗剤を開発

 P&G研究所のマーク・シビック氏=写真=は、ISSの宇宙飛行士が衣服を数回着用した後、新しい衣服に交換して、洗濯をしなかったことに着目した。宇宙飛行士 は、筋肉が萎縮しないように、 1 日 2~3 時間程度は運動しなければならず、そのために衣服が汗ばむこともある。これまで宇宙では洗濯ができないため、衣服を着替えてきた。シビック氏は、衣服を衛生的に保ち、効率的に洗浄できる洗剤システムの開発にこぎ着けたことを語った。宇宙空間では、水は無料でないばかりか、たいへん貴重である。十分な水量を確保できないことから、衣服を着替えている。衣類は、ISSへの補給物資として運搬されるが、積載貨物の容量は限られており、月や火星への深宇宙探査においては衣類の補充作業は困難とされている。洗濯するにしても、洗濯に使った水を飲料水にまで浄化する必要があるなど、課題も多い。そこでP&Gの洗剤ブランド「Tide」のチームがNASAと協力して、宇宙での洗濯に特化した、水を使わない洗剤を開発した。

 P&Gの「Mission PGTide(P&G Telescience Investigation of Detergent Experiments)」と命名されたチームは、 ISS 国立研究所とともに、民間企業のOmniTeq Space System (旧SEOPS)やRedwireの協力を得て、2022年に試作した洗剤をISSまで運搬し、微小重力環境下での洗浄成分の安定性などを検証して良好な結果を得た。
 P&Gが開発した洗剤は、宇宙で使用できる完全分解性の洗剤で、ISSでの洗濯の課題を解決できる可能性がある。P&Gは、NASAと共同開発した洗剤の研究成果を、地球上での洗剤開発に生かし、より環境に優しい持続可能な洗剤の商品化につなげる計画。
 ISS は宇宙空間で隔離されたクローズドループ・システムになっており、宇宙飛行士は水の使用に余裕がない。SpaceX では、ロケットの1基で軌道へ運輸しているため、貨物1 ポンド当たりの総量は2500 ドル (最初の 440 ポンド以降は 110 万ドル) となり、液体の重量は重く、輸送するにも莫大なコストがかかる。

Redwireは人の組織・臓器をプリント可能な 3D プリンターを開発

ケネス・サビン氏=写真=は、RedwireとNASA、ISS国立研究所との研究開発の取り組みについて説明した。ISS にはRedwireの付加製造施設 (AMF:Additive Manufacturing Facility)がある。そこでは、低密度ポリエチレン (LDPE) プラスチックを使用して、イスラエル宇宙局(Israel Space Agency)とイスラエルのStemRads(Radiation Protection and Radiation Shield)の協力を得て、2022年に放射線防護ベストである AstroRadのサブユニット・インサートの製造に成功している。また、人間の組織や臓器をプリントできる 3D プリンター「BioFabrication Facility (BFF)」を ISS に運び込んで、実験する計画を進めている。これは、成体の人の細胞とタンパク質の組み合わせを使用して、人の組織を生成する装置。宇宙飛行士のケガや病気を治療するためだが、地球上では人の組織をバイオプリンティングするのは、軟部組織が重力により自重で崩壊してしまうため、とても困難であるからだ。これが成功すれば、再生医療の新たなフロンティアが開けることにもなる。

 米国の軍需メーカーであるノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)が担うISSへの貨物・荷物を運ぶ商業補給サービスの18回目(NG-18:18th Commercial Resupply Services)のロケットが2022年 11 月 6 日に打ち上げられ、Redwireが開発したBFF のアップグレード版も運び込まれた。このミッションには、ISS 国立研究所が後援する 20 以上のペイロード(有料荷重、有効搭載量)も含まれている。
 このプロジェクトは、宇宙での人の組織を組成するバイオプリンティングへの道を開き、将来的には臓器も作りだし、地球上の患者を助けることができると期待されている。BFF を使用してプリントするために必要な材料は、継続して輸送されることになっている。バイオプリンターで生成する最初の組織は、膝の骨の間の軟骨の保護片である人間の半月板だという。
 バイオプリントされた組織は、患者に移植できるだけでなく、創薬モデルとしても使用でき、治療法のテストをするための新たな手段にもなる。薬の有効性をテストでき、実験動物への負担を減らすことにもつながる。

 バイオプリントされた組織は、患者に移植できるだけでなく、創薬モデルとしても使用でき、治療法のテストをするための新たな手段にもなる。薬の有効性をテストでき、実験動物への負担を減らすことにもつながる。BFF は、地球上でプラスチックを使用して 3D プリントする方法と同じように、4基のプリントヘッドからバイオインクを噴出する。最初に開発されたBFF は、 2019 年にISSへ打ち上げられた。今回の装置は、アップグレードしたバージョン=写真=で、バイオインクの一貫した安定性が保たれるように、より正確な温度制御機能が搭載されている。地上管制官がバイオプリントをより的確に制御できるようにもなり、高精度カメラによって視認もできる。すでに地球上では、骨や軟骨などの硬い人間の組織をプリントすることには、ある程度成功している。だが、軟組織や血管を印刷することは、とても困難なことが分かっている。これは、地球の重力の影響と使用されるバイオインクの粘度が低いことが要因にもなっており、プリントされた組織が形状を保持するため、足場になるものが必要になるからだ。だが、重力がないISSでは、プリントされた構造が正しい形状を維持するための足場が不要になる。

 Redwireは、2020年6月に宇宙空間で使用可能な3Dプリンターの開発をしているMade In Spaceを買収した。Made In Spaceは、2010年に創設された、米国を拠点とするスタートアップだが、ルクセンブルクに子会社のMade In Space Europeがある。2014年に、Made In SpaceはNASAと共同で、ISSに輸送した3Dプリンターをリモートで操作し、工具の製造を成功させた。2019年には、NASAと軌道上で小型衛星の電源システムを構築するArchinaut Programの契約を締結した。
 このプロジェクトは、Made in SpaceとNASAが、宇宙空間で大きな構造物を建設する技術の開発を目的に、2016年から共同で開始しているプログラムであるが、今回、それを更新契約した。

ISSの宇宙飛行士と4Kライブストリームで交信

 NASAの宇宙飛行士であるニコール・マンとフランク・ルビオの両氏がISSからライブで参加した。ニコール・マン=写真右=は、戦闘攻撃機「F/A-18 ホーネット」のパイロットであり、NASAの宇宙飛行士。米国海軍士官学校、スタンフォード大学、米国海軍テストパイロット学校を卒業した。スペースXのカプセル型宇宙船「Crew Dragon (クルードラゴン)」を指揮した最初の女性でもある。米国の先住民の女性として、初めて宇宙飛行士になったことで、公表時には大きな話題になった。当時、カリフォルニアのラウンドバレー・インディアン部族のワイラキ族の喜びはひとしおだった。フランク・ルビオ氏=写真左=は、米陸軍中佐であり、ヘリコプターのパイロットであり、航空外科医であり、NASA の宇宙飛行士。米カリフォルニア州ロサンゼルスで、エルサルバドル人の両親のもとに生まれた。子供のころ、人生の最初の 6 年間をエルサルバドルで過ごした後、家族でフロリダ州マイアミに移住。そこで、マイアミ・サンセット高校に通学した後、米国陸軍士官学校に通って国際関係の学士号を取得した。

ISSとCES 2023のセッション会場が4K でのライブストリームでつながれ、ジャッキー・ワトルズ氏が進行役を務めた。宇宙での生活やISSでの研究開発がイノベーションにどのように作用するかなどをテーマにした。4Kの解像度だったが、10秒の遅延にもつながった。開始直後は多少まごついていたが、その後はとてもスムーズにコミュニケーションがとれた。
 「ISSが出発点となり、そこから月へ移動して、より大きな生息地を設定することができるようになるはず。そのサポートもミッションのひとつ。ISSでの経験や研究成果は、深宇宙開発と月への居住、最終的には火星で探索につながっているが、さらに20 年間ぐらいの経験と研究が必要になると考えている。ここでは、予期しないことに、どのように取り組んでいき、軌道に乗り続けられるかを実践しながら学んでいる」(ニコール・マン氏)
 ISSは、地上約400kmの衛星軌道上を秒速約8kmで周回しており、重力がほとんどなく、大量の宇宙放射線が飛びかい、狭く閉鎖された居住モジュールで生活しなければならない。
 「私たちは、毎日約 2 時間ぐらいは、閉ざされた空間で歩いたり、ランニングしたりする。エルゴメーターを 1 時間続けてから、さらに 45 分から 1 時間は、心肺機能を高めるため、トレッドミルをする」(Frank Rubio氏)
 狭く閉ざされた、ほぼ無重力の空間に3カ月から半年間にわたり滞在することは、そのままでは肉体の筋肉が衰え、精神的なストレスも生じてしまう。これを克服するために、エルゴメーターやトレッドミルといった運動器具を使用して、毎日2時間程度の運動をしている。トレッドミルは、身体をゴムバンドで押えつけた状態でランニングをする器具で、エルゴメーターは、車輪のない自転車のように、ペダルをこぐ装置。走行距離計がついていて、負荷を調節して運動量を変えられる。地上からフライトサージャン(宇宙飛行士の健康管理、航空宇宙医学の研究を行う専門医)のカウンセリングを受けることもできる。また、適度な娯楽をする時間や家族や友人との連絡の機会もあり、キューポラ(ISSの観測用モジュール)の窓から、地球や宇宙の光景を眺めるのもストレス解消になる。
 会場とのコミュニケーションを終えると、2人の宇宙飛行士はバルーンが浮き上がるように上昇してゆき、画面から見えなくなった。
 マイク・ロバーツ氏は、 ISS国立研究所として、4K解像度でのダウンリンクによる通信の基盤が確立されたことで、ISSの宇宙飛行士が鮮明にディスプレイやコンピューターに表示されるようになり、これをCESコミュニティに属する企業・団体にも活用するようにアピールすることも忘れなかった。

<つづく>

 (清水メディア戦略研究所 代表)