コラムCOLUMN

メガテック大国のイスラエル
世界競争を技術力で勝ち抜くスタートアップ

海外動向

清水 計宏

 先回に引き続き、AI(人工知能)、ビッグデータ、自動運転、クラウド、サイバーセキュリティといったメガテックの技術立国で、スタートアップ大国でもあるイスラエルの企業をクローズアップする。イスラエルの国内市場は小さく、起業家は創業時から海外市場を見据えることを迫られる。このため国際競争力のある企業が多い。

Nemesysco:言語・性別・年齢に関係なく感情解析できる技術を開発

脳活動の変化に着目したLVA(Layered Voice Analysis)

Nemesysco(ネメシスコ:旧Nemesysco Layered Voice Analysis)は、音声から話者の感情を数値化して解析する感情解析エンジン=写真=を開発している。このソフトウェアは、もともとイスラエル国境入出国審査を目的に開発されたが、その後民生用に改良を続け、感情解析ソフトウェアとして主力製品になっている。国境入出国審査向けの開発では、米軍が捕虜尋問に用いていたVSA(Voice Stress Analysis)と言われる心理学を応用した手法を用いて、運用システムを構築しようとした。これは、発話者のストレス、不安、緊張などの精神状態を音声から把握しようとする試みである。しかし、この方法では首尾良くいかず、新たなにLVA(Layered Voice Analysis)というアプローチをとった。LVAは、人間の脳における知覚と物ごとの解釈は、会話中の音声波形に反映されるという特性にもとづき、脳活動の変化に着目している。

 人間の発声メカニズムは、脳が身体の筋肉と器官を正確に動作するように時間を同期させながら制御するという複雑な仕組みになっている。人間の声は、多くの周波数の成分が含まれており、フォーマント(Formant)と呼ばれる音声周波数分布で表すことができる。この周波数帯分布は、人によって異なっている。通常、男性は100Hz(ヘルツ)から3000Hz、女は200Hzから6000Hzとなっている。
 LVAでは、比較的高周波数領域(RHFR:Relatively High Frequency Range)と比較的低周波数領域(RLFR:Relatively Low Frequency Range)における細かな変動を数値化して、感情を分析する手法をとっている。話者のRHFRおよびRLFRの時間的な変動状況及び発生頻度を独自の数学的モデルに基づき解析して、音声を媒体とした脳活動の証跡を検出して数値として出力し、感情を解釈する。具体的には入力された音声の時間領域分析層、周波数領域分析層、主分析層、リスク分析層など13個の処理層を順次解析していき、最終的に全ての感情活動を要約したデータを出力する。
 このうち、RHFRは興奮状態および感情的に覚醒しているときなど、ストレス状態や認知過程に対応する。音声、エネルギー、感情的、ストレスといった151のパラメータに分解して解析して、感情の動きを検出する。この感情推定には愛情検出(Love Detection)も含まれている。

世界52カ国、約50万件を超す調査・導入実績がある。

 人間が脳で思い描き、発話するまでのプロセスは、言語・民族・性別・年齢にかかわらずほぼ同じになる。LVAは、脳活動の証跡で感情を検出するため、英語、日本語だけでなく、世界各国の言語に適応することができる。
 人間の声から感情を推計・検出する方法はさまざまある。ただし、持続時間が20~70msec(ミリセカンド)の尖ったてんかん型の音声波形である棘波(きょくは)と、振幅と位相が時間的にゆるやかに変化する平坦波を用いて、イントネーションデータを抽出して検出する方法については、Nemesyscoが特許を保有している。
 Nemesyscoは、音声波形の時間的な変化から感情を検出する「感情検出の装置と方法(APPARATUS AND METHODS FOR DETECTING EMOTIONS )」(US 6638217,特許取得2003年10月28日)と、音声波形の周波数成分を分析して感情を検出する装置・方法に関する「人間の声における感情検出の装置と方法(APPARATUS AND METHODS FOR DETECTING EMOTIONS IN THE HUMAN VOICE )」(US 7165033, 特許取得2007年1月16日)という感情検出に関する2件の米国特許を取得している。
 この感情解析エンジンは、1997年にアミール・リバーマン(Amir Liberman)氏によって発明された。20年以上にわたり世界各地から収集したデータや調査・導入結果を常時反映させており、ソフトウェアは更新・進化を続け、最新の状態にある。すでに、52カ国、約50万件を超す導入実績がある。
Nemesyscoは、イスラエルのネタニアで2000年に正式に設立された。当初は、セキュリティ企業としてスタートした。その後、不正防止・リスク評価ツール、パーソナリティ検査、人事採用評価システムも提供するようになった。クライアントやパートナーには、スイスの世界最大の食品メーカーのネスレ(Nestle) 、オランダのテレビ制作会社のエンデモル(Endemol N.V.)ドイツの保険会社のアリアンツ(Allianz SE)も含まれている。
 日本では、コールセンターの運営やコンサルティング、業務改善支援を手がけるCENTRIC Group(セントリック・グループ)が、国内ファーストユーザーとして、コンタクトセンターへNemesyscoの感情解析を導入。2017年に感情解析の活用・分析に特化したセンターとして、「Service Science LAB 」を設立している。2019年6月に国内初のNemesyscoゴールドパートナーとして、ESJ (Emotional Signature Japan)を設立、自社で培った約300万件の実顧客応対音声を基にESJの独自製品となっている。
 また、コンピューターにより自動応答するIVR(Interactive Voice Response:音声自動応答システム)や通話録音装置などCTI(Computer Telephony Integration:コンピューター電話統合)系システムの開発に強みを持つ、日本のログイット(鈴木禎宏社長、〒170-0005 東京都豊島区南大塚2丁目25-15)は、Nemesyscoの感情解析エンジンを日本語化して、「LVAS(Logit Voice Analysis Solution)シリーズ」として提供するなど、複数の企業がコールセンター向けにソリューションを提供している。

Vocalis Health:音声で健康状態を検知するバイオマーカーを開発

米国のメイヨークリニックと共同研究

 イスラエルのバイオメトリクス関連のスタートアップであるVocalis Health(ボーカリス・ヘルス)は、AI(人工知能)を用いたヘルスケア技術として、音声で健康状態を検知できる「音声バイオマーカー(Vocal Biomarkers)」を開発している。
 これは、音声をバイオマーカーとして使うことで、臨床医が呼吸器疾患や心血管系疾患の状況を確認・特定し、患者の病状を判断するのに役立てている。バイオマーカーとは、疾患の有無や病状の変化、治療の効果の指標となる生体内の物質や要素を指す。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを受けて、2019年11月に米ミネソタ州ロチェスター市を拠点とする総合病院であるメイヨークリニック(Mayo Clinic)と提携し、「COVIDバイオマーカー」の研究に着手した。Vocalis HealthとMayo Clinicは、肺高血圧症(PH:Pulmonary Hypertension:PH)の声の特徴を抽出するため、過去にも共同研究を実施したことがある。 

 Vocalis Healthは、2020年3月にCOVID-19の症状をトリアージ、スクリーニング、監視する大規模な研究に着手。COVID-19患者の健康状態の悪化を検出し、潜在的な兆候にフラグを立てることができる音声の「指紋」を研究した。臨床検証では、接続された音声プラットフォームから操作できるVocalis Healthが開発したソフトウェアを使用し、音声録音に基づいて患者の健康状態を分析した。2021年2月に、実用的なスクリーニングツール「Vocalis Check」=写真=を開発し、その臨床試験結果を発表した。同時にVocalis Checkが、欧州(EU)でCEマークを取得したことも公表した。CEマークとは、EU加盟国へ製品を輸出する際に、使用者・消費者の健康と安全および共通利益の確保を守るため、安全基準条件を満たすことを証明するマークである。VocalisCheckは、COVID-19のスクリーニングの医療目的で、CEマークが承認された最初のソフトウェアとなった。

イスラエルのBeyond VerbalとHealthymizeの2社合併して設立

 VocalisCheckは、スマートフォンなどのモバイルデバイスからアクセスできるアプリケーション。ユーザーは、50から70まで声を出して数えるだけで、音声録音を512の特徴を含む画像(スペクトログラム)に変換する。
 その画像をマシンラーニング(機械学習)とディープラーニング(深層学習)により、臨床試験のCOVID-19陽性参加者の音声録音に基づく合成画像と比較することで、それらの間にある相関関係を判別する。この技術は、既存のモバイルまたはWebアプリケーションに、SDK(Software Developers Kit)を介して統合することができるほか、専用のWebベースのポータルからアクセスすることもできる。すでに、多くの臨床検証研究で使用されている。
 2021年2月には、インドのムンバイにあるNESCO COVID-19センターにおいて、ムンバイ大都市圏公社(MCGM)と共同で実施した臨床試験の結果を発表している。
 この調査には、英語、ヒンディー語、マラーティー語、グジャラート語など、さまざまな言語を話す2000人超の被験者が参加した。288人の参加者の非盲検試験(ひもうけんしけん)セットの結果は0.88のAUC(Area Under the Curve:曲線の下の面積)を示し、これは81.2%の精度、80.3%の感度、および81.4%の特異度に変換された。
 ちなみに、ROC曲線(Receiver Operatorating Characteristic curve:受信者動作特性曲線)を作成したときに、グラフの曲線より下の部分の面積をAUCと言う。AUCは0から1までの値をとり、値が1に近いほど判別能が高い。判別能(はんべつのう)がランダムであるとき、AUC = 0.5となる。また、何の治験薬を服薬しているか調べる検査のことを非盲検試験という。臨床研究におけるROC曲線は、連続変数である独立変数と二分変数であるアウトカムとの関係の強さを評価する方法として検査の有用性を示す手法として利用される。 
 VocalisCheckは、インドでの研究を含む複数の研究でCOVID-19リスクを効果的に特定する信頼性を証明し、症状のない人でもCOVID-19感染のリスクを評価する。インドでの研究では、症状チェッカーだけでCOVID-19感染者の約66%を正しく特定できた。
 Vocalis HealthのCOVID-19ボーカルバイオマーカーは、COVID-19感染のリスク評価の総合判定では80%を超える精度を達成した。
 Vocalis Healthは、2019年にBeyond VerbalとHealthymizeというイスラエルのベンチャーが2社合併して設立された。米国とイスラエルに拠点を持つ。Beyond Verbalは、メンタルヘルスや神経症などのさまざまな疾患を、AIが声を解析することで検知するアルゴリズムを開発し、音声による感情認識をヘルスケア領域に適用しようとしていた。Healthymizeは、音声をバイオマーカーにして、喘息、肺炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など、声に影響を与える疾患の遠隔患者管理デバイスを開発していた経緯がある。

MemoMi:AI搭載のARデジタルミラーで各種製品の試用体験

2022年に小売大手ウォルマートの傘下に

 イスラエルで設立されたARスタートアップのMemoMi Labs(メモミ・ラボ)は、クラウドでAIを搭載したデジタルミラーを提供する企業だ。イスラエルの中央地区のレホボトに研究開発部門のR&D(研究開発)センターを設け、本社は米カリフォルニア州パロアルトに置く。パリと東京にもオフィスを構える。この企業は、2022年6月末に、米国の小売大手のウォルマート(Walmart)に買収され、その傘下に入った。
 MemoMiは、ユーザー(顧客)が眼鏡や化粧品、衣服、靴など、身に付ける製品を仮想的に試すことができるARプラットフォームを開発している。
 ソフトウェア製品は、カメラとスクリーン付きのデバイスさえあれば、ピクセルベースのアルゴリズムを使用して、どんなものでもデジタルミラーに変換でき、一人ひとりに最適化されたAR体験を提供する。
 AIによりデータを正確にマッピングして分析し、正確にパーソナライズされたサービスをリアルタイムで提供する。ユーザーの顔を識別して顔の位置を追跡し、スマートミラー(デジタル鏡)の役割を果たす。このサービスは、Web、iOS/Androidに対応しており、ほとんどのデバイスに対応できる。すでに特許を取得している。
 デパートやスーパーマーケットの衣料品の売り場では、このミラーを使って、顧客にさまざまな衣服を疑似試着してもらい、角度を変えて見ることができる。
 世界最大の眼鏡・アイウェアメーカーで、イタリアのミラノに本社を置くLuxottica(ルックスオティカ)とも、MemoMi Labsは提携しており、ARを利用して、その商品の試着ができるようにした。

 またWalmartとは、すでに2019年からパートナーシップを交わし、2800店舗以上ある眼鏡・コンタクトレンズショップのWalmart Vision Centerとともに、550カ所以上の会員制スーパーマーケットのSam's Clubs(Walmartの子会社)とそのオンラインショップであるSamsClub.comで、スマートミラーを使って、顧客がアイケアや視力測定、サングラス試着ができるようにしている。そのほか、化粧品や香水を扱うSephora(セフォラ)、世界最大の化粧品会社のL'Oreal(ロレアル)、美容ブランドのLancome(ランコム)、ファッションブランドのYves Saint Laurent(イヴ・サンローラン)、ファッションブランドのDior(ディオール)、化粧品ブランドのDe LaMerse(ドゥ・ラ・メール)、アパレルブランドのKenneth Cole(ケネスコール)といった企業とも提携しており、各ブランドと共同でサービスを開発している。例えば、 コスメ(化粧品)業界においては、ファンデーション、チーク、リップスティックをARプラットフォームで試してみることができる。

ハードウェアのスマートミラーも製品化

 ソフトウェアによるサービスにとどまらず、MemoMiは、買い物客が仮想的に試着したり、各種オプションの追加・切り替えもできるデバイス(ハードウェア)として、スマートミラー「メモリーミラー」(商品名:MemoMi)も開発・製品化している。この製品の前に座ると、顧客の顔や身体が鏡のようなディスプレイに映し出され、試してみたい口紅やファンデーション、アイブローなど、化粧品や美容アイテムの好きな色を選べば、それらをつけた自分の顔がディスプレイに仮想的に表示される。また、顧客の顔に似合う色を推薦してくれたりもする。このスマートミラーは、搭載された高機能カメラが顔を撮影し、AIによる画像処理とAR機能により、コスメを試した顔を画像合成して、鏡を見ているようにディスプレイに映し出すことができる。メイクアップのプロセスや顔筋マッサージのレッスンの経緯を録画し、顧客の好みや傾向を記録して、顧客の体質や嗜好に合わせて商品を推奨することもできる。録画データは、顧客のスマートフォンへ転送することが可能。

 米国で百貨店チェーンを展開するNeiman Marcus(ニーマン・マーカス)グループによって運営される全米36カ所のNeiman Marcus Store(ニーマン・マーカス・ストア)に、すでに2019年から設置されている。ここでは、靴の試し履きもできる。
 日本国内では、化粧品の小売りをしているエキップ(前澤洋介社長)が、2018年から大人の女性に向けた化粧品ブランド「SUQQU<スック>」で、MemoMi のデジタルミラーを国内の化粧品業界として初めて導入している。
 また、資生堂グループの資生堂プロフェッショナルはMemoMiと共同で、ARでヘアカラーを試すことのできるサービスを開発し、2020年3月からカラーシミュレーションサービス「COLOR MIRROR」として提供している。これは、スマートフォンかタブレットを使い、ヘアサロンや自宅において好みの色やプロが施すデザインカラーを試してみることができる。豊富なカラーバリエーションから選択でき、フレームに顔を映し、希望のデザインや色をタップするだけで操作性もよい。
 画面の左右で、使用前・使用後を比べたり、肌のトーンを調整できる。好みのヘアカラーを決めたら、そのカラーを扱っている最寄りのヘアサロンを検索する機能もある。AIによる学習機能により、使えば使うほど、顧客の顔や髪の輪郭に沿った正確なシミュレーションができるようになる。
 MemoMi Labsは、2014年にOferSaban(現CTO)とSalvador Nissi Vilcovsky(現CEO)の両氏によって創設された。Saban氏は、現在、R&Dセンターを率いているが、かつてはワイヤレス・ネットワーク・ソリューション企業のMobile AccessのCTOを務めていた。

OrCam Technologies:失読症や低視力、読書障害の人を声で支援

「OrCam MyEye 2」の商品化で世界評価を獲得

 イスラエルに本拠を置くOrCam Technologies(オーカム・テクノロジーズ)は、AIを搭載したコンピュータービジョンを利用して、目の不自由な人や視覚障害のある人、言葉の聞き取りにくい人、読書が困難な人など向けに、視覚情報を音声で伝えるデバイスを提供している。2017年のCESで初出展して、世界から脚光を集めるようになった。

 代表的な製品は、「OrCam MyEye 2」(オーカム・マイアイ2)=写真=。これは、失明や部分失明などで目の不自由な人びとのために設計されている。最初のOrCam MyEyeはコードが付いていたが、同2.0では完全ワイヤレスになった。最初のOrCam MyEyeは、2015年1月に米国で先だって市場投入され、2017年にはバージョンアップしたOrCam MyEye 2.0を発売した。それ以降も、無料でソフトウェアのアップデートが繰り返され、精度が向上している。

 このデバイスは、眼鏡やサングラスフレームのテンプル(柄)に磁気で取り付けて使用する。大きめの消しゴムか、百円ライターぐらいのコンパクトなサイズ。
 デバイスのカメラで、家族・知人の顔や紙幣、さまざまな製品、紙幣などをシームレスに認識し、その説明を音声で伝えてくれる。テキストがあれば、その箇所に指を差せば、それを読み上げてくれる。バーコードスキャニング機能もあり、店頭などで商品のバーコードが視界に入れば、それが何であるかも音声で伝えてくれる。
 着用者の視線を追うことで自動的に起動する。スマートフォンやWi-Fiを必要としないで、ハンズフリーで使用できる。音声のボリュームコントロールは、デバイスの側面にあるタッチパッドでできる。重さはわずか22.5g。充電式で持ち運びにも便利。
  OrCam MyEye 2.0の価格は4500ドル。英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、ヘブライ語など欧米言語を中心に20以上の言語に対応し、2018年には日本語と中国語にも対応した。日本では 一般的には49万8000円 (非課税)。世界30カ国以上の視覚障害者の間で導入が進んでいる。日本語の認識率は当初8割程度だったが、ソフトウェアのバージョンアップによりしだいに向上している。
 この製品は、CES 2018のAccessible部門で Innovation Awardsを受賞。また米雑誌TIMEで「The 100 Best Inventions of 2019」に選ばれている。

AI搭載した小型顔認識デバイス「OrCam Read」も製品化

 OrCam MyEye2のテクノロジーを応用した製品として、2019年のCESに出展された後に商品化された「OrCam MyMe( オーカムマイミー)」がある。これは、スマートフォンやスマートウォッチ用のアプリと連携して利用するAI搭載の軽量の顔認識デバイス。ハンズフリーでワイヤレスでの利用ができる。目の前にいる人を認識すると、名前、連絡先、直近のメモやビジネスSNSのLinkedIn にプロフィールがあれば、それをアプリ上に表示する。パーソナルアルバムやファイル共有プラットフォームのGoogle Drive 上にある写真やテキストから照応するデータを表示することもできる。
 使用時にはインターネットへの接続は不要。カメラはあくまでもセンサーとして作動し、写真やビデオを録画してデバイスに保存することはない。ハッキングを防止するために高度なサイバーセキュリティ対策が施されている。

 2020年のCESにおいては、世界初となる耳の不自由な人のためのAI搭載補助機器「OrCam Hear(オーカムヒア)」=写真=を出展した。これは、周囲に多くの人がいる状況でも、特定の人の音声だけを選り分け、Bluetooth対応機器を通してリアルタイムでユーザーに伝えられる。補聴器を拡張・統合するアドオンデバイスであり、唇の動きとボディジェスチャーを識別し、ユーザーが聞きたい声を瞬時に検出できる。デバイスは、成人の指ほどの大きさで、ハンズフリー、軽量、ワイヤレスのため、どんな時でも気軽に装着できる。使用に際してインターネットへの接続の必要がなく、プライバシー保護の観点からも安心して使用することができる。この製品は、CES2020のBest of Innovationを獲得した。

 CES2020では、片手で手軽に持てるペンサイズのAIリーダー「OrCam Read(オーカムリード)」=写真=のプロトタイプも発表した。これは片手で手軽に持てるサイズのAIリーダーである。翌年のCES 2021で製品版を発表し、Accessibility部門でBest of Innovation賞を受賞した。このデバイスは、メガネに取り付けなくても、手に持ってテキストにデバイスをかざすだけで、文章を読んでくれる。失読症で文章を読むことが難しい人や中等度の低視力、読書障害のある人をサポートするために開発された。スピーカーを内蔵しているが、プライバシー保護に配慮し、BluetoothイヤフォンやBluetoothスピーカーの利用もできる。新聞、書籍、製品ラベルといった印刷されたテキスト部分にポイントをかざして、クリックするだけで、テキストをリアルタイムで読み上げることができる。インターネットに接続する必要はなく、暗いところでもライティングでき、自宅、オフィス、外出先といった、さまざまな環境で利用できる。高輝度LEDにより、薄暗いところでも自動的に照らす。使用時には、レーザーポインターの赤い矢印を、読み始めたいテキストの頭にかざせば音声で読み始める。もしくは、赤い長方形のフレーム状のポインターを読むテキスト領域にかざせば、そこの段落を読むことができる。USB-Cポートで充電し、1回のフル充電で3時間連続稼働する。重さは50gグラム。価格は1995ドル。

 OrCam Technologiesは、自動運転に不可欠な衝突回避システムの技術開発企業であるMobileye(モービルアイ)の共同創業者であるアムノン・シャシュア(Amnon Shashua)氏とジブ・アビラム(Ziv Aviram)氏の両氏によって2010年9月に設立された。シャシュア氏は、ヘブライ大学の教授でもある。
 CEOのジブ・アヴィラム氏は、カメラに映る情報を解析し、警告音を発して事故を防止する自動運転技術を開発した実績がある。米インテル(Intel)は2017年にMobileyeを153億ドルで買収し、同年に、三菱ふそう、日野自動車が、Mobileyeの技術の導入を決めた。2021年に、トヨタ自動車がドイツのZF(ゼット・エフ)の前方監視用カメラの採用とともに、内蔵する画像処理チップはMobileye製を搭載することを決めている。
 モービルアイの画像処理チップ(EyeQシリーズ)は、2020年時点で世界28社の自動車メーカーに導入されている。日本の大手自動車メーカー3社は、こぞってMobileyeのチップを使うことになった。

<つづく>

 (清水メディア戦略研究所 代表)