コラムCOLUMN

CES2022特別レポート3 ~コロナ禍で急成長するデジタルヘルス
医師が遠隔地から患者を診断して治療も可能に

海外動向

清水 計宏

デジタルヘルスも分散化、オンデマンド化、パーソナライズ

 ソーシャルメディアや動画共有サイト、動画・音楽配信サービス、Kindle ダイレクト・パブリッシング(KDP)などにより、メディア環境は「分散化」「オンデマンド化」「パーソナライズ」が進んでいる。この時代の流れは、デジタルヘルスやヘルスケアにも及んでおり、人びとが自らの心身の健康やバイタルデータ(生体情報)を管理でき、最適なツールを使いながら、最良の人生を送ろうとする「ライフケア」が進んでいる。新型コロナ感染症(COVID-19)のオミクロン株が蔓延するなかで開催されたCES2022では、デジタルヘルスの高まりを受けて、100社を超す関連企業が出展した。CESの主催者であるCTA(全米民生技術協会)で市場調査担当副社長を務めるスティーブ・コーニグ(Steve Koenig)氏=写真=は、CES2022の開幕に先立って、プレス関係者向けに「CES2022 Tech Trends to Watch(注目すべきCES2022の技術動向)」について、約45分のプレゼンテーションをした。

その中で、注視すべきトレンドとして、(1)トランスポーテーション(Transportation)、(2)宇宙技術(Spacetech)、(3)サステナブル技術(Sustainable Technology)、(4)デジタルヘルス(Digital Health)の4分野=写真=をクローズアップした。デジタルヘルスについて、世界のヘルスケア業界において資金調達・取引が増大しており、スタートアップへの投資が増加し、ヘルスイノベーションが進展していることを例証として挙げた。デジタルヘルスは、ヘルステクノロジー(Health Technology)やヘルステック(Healthtech)とも呼ばれる健康技術の分野である。これは、健康維持のためのヘルスケアにとどまらず、家庭で測定したバイタルデータを医師と患者が共有して、診察・治療に活用できるRPM(Remote Patient Monitoring:遠隔患者モニタリング)やオンライン診療、仮想ケア訪問、遠隔医療も対象になる。また、人生を自分なりに楽しむためには、身体と精神の健康が欠かせないことから、メンタルケアへの関心も急激な高まりを見せている。オンラインカウンセリング、マインドフルネス、瞑想アプリ、睡眠モニタリングといった心の健康もヘルスケアに含まれている。

 デジタルヘルスには、バイタイルデータを取得して転送するウェアラブルデバイスやスマートヘルスデバイス、医療・治療プラットフォームが欠かせなくなる。ヘルスケアがデジタル化されることで、予防的、見守り的なアプローチへ重心を移す傾向にある。その一環として、高齢者や要介護者向けのエイジテック、ケアテックの重要性も増している。
 Amazon AlexaとGoogle HomeといったAI音声アシスタントは、「Intelligent Healthcare Voice Assistant」として、個人の健康症状や疾患・病気、薬の副作用、利用可能な治療オプション、薬の入手方法、治療のヒントに関するユーザーの質問にリアルタイムで回答できるようになっている。
 米国において、医療システムとAI音声アシスタントとが連携し、患者はデバイスに話しかけるだけで、希望する医師との診察を予約することができるようにもなった。診療所に行って複雑なフォームに記入したりすることなく、病状を語れば、そのレポートをアップロードするオプションも利用できるようになっている。患者が医師から信頼できるアドバイスを得るのを助けている。
 ドイツのStatistaの調査によれば、米国のデジタルフィットネス& 健康デバイスの市場規模は、2022年に143億8835万ドルになると推計。2022~2025年までCAGR(年間成長率)7.27%で推移し、2025年には177億6058万ドル規模に増加すると予測している。ユーザー普及率は2022年には20.73%だが、2025年までに23.27%になり、ユーザー1人当たりの平均単価(ARPU)は239.88ドルになるとしている。ただし、中国における同市場規模は、2022年に192億5373万ドルとなり、世界をリードすると予想している。

ヘルステック分野の主な出展・サービス

Dassault Systemes

 CES2022では、さまざまなヘルステックに関連する企業が出展した。フランスの複合企業体であるDassault Systemes(ダッソー・システムズ)は、ライフサイエンス向けの仮想テクノロジーを発表した。巨大なディスプレイに来場者の身体のデジタルツインをインタラクティブに表示する「MeetVirtualMe」=写真=を出展した。デモ体験者は、身体が3Dスキャンされ、その形状、寸法、物理的特性から3Dマップで生成される。ディスプレイには、ぼやけて動く鏡像が映し出される。その映像は、身体の状況を表しており、病気があれば色やパターンで示され、脳の活動は半透明のイメージになる。動いたり踊ったりしながらデジタルツインとインタラクションすることもできる。

Bosch/Highmark Health

 ドイツのBosch(ボッシュ)と米国で保険や医療を手掛けるHighmark Health(ハイマークヘルス)は、子供の呼吸音を音響AI(人工知能)で学習し、呼吸の変化を検出し、初期の喘息など子供の肺疾患を呼吸音から早期に検出するセンサーを共同開発することを発表した。これは、国際宇宙ステーション(ISS)内でシステムの異常検知に使われている、Boschの音響AI「SoundSee」を応用する。
 高忠実度マイクとAIによる音声分析を組み合わせることで、子どもの呼吸パターンから発せられるノイズを解析し、喘息などの小児肺疾患を検出できるかどうかを研究調査する。医師が人の胸に聴診器を当てて、異常を示す音声パターンを特定する方法をベースにしており、異常がある場合、早期治療などにつなげられるという。

DermTech

 米カリフォルニア州 サンディエゴに本拠を置くバイオ企業のDermTech(ダムテック)は、メスを使わず、粘着パッチ(スマートステッカー)を肌につける方式で、紫外線の脆弱の程度から、皮膚がんの発病可能性を把握できる遺伝子検査サービス「DermTech Melanoma Test」を発表した。
 これまで、黒色腫(メラノーマ)を検査するためには、医師が皮膚を切除しなければならなかった。しかし、このコンシューマー向けパッチ検査では、ほくろに貼り付けて、角質層から細胞を非侵襲的にサンプリングしてDNA / RNAを抽出し、遺伝子レベルでテストできる。従来の生検よりも1万倍感度が高いという。パッチは、DermTechのラボ(Gene Lab)に送られ、ほくろが黒色腫かどうかを検査することになる。黒色腫の早期に発見につながる。

Baracoda Daily Healthtech

 フランスのBaracoda Daily Healthtech(バラコーダ・デイリー・ヘルステック)は、振るだけで充電できる、電池不要のスマート体温計「BCool」=写真=を出品した。特許取得のBMotionセンサーにより、すばやく正確に額にかざすだけで体温計測ができる。Bluetoothで専用アプリにつなげは、家族全員の体温の動きを管理できる。アプリの体温推移チャートには、症状・処方薬・市販薬を書き込む機能もある。データを医師とシェアすれば的確な診断に役立てられる。本体は再生プラスチックを使用している。

Sengled

 中国のSengled(セングルド)は、健康状態をモニターするスマート電球「Smart Health Monitoring Light」を出展した。電球には、レーダー技術が組み込まれており、心拍数、体温、睡眠のバイタルサインの記録・測定ができる。BluetoothとWi-Fiに対応し、転倒検知など高齢者介護・見守りに役立つアプリも装備する。一人暮らしの人が転倒して怪我をした可能性があるかどうかの監視ができる。

Withings

 フランスのスマートフィットネス企業のWithings(ウィジングズ)は、自己体調管理に役立てるスマートスケール(体組成計)「Withings Body Scan」を展示した。この製品は、4つの電極を組み込んだ格納式ハンドルを備え、胴体や腕、脚など特定の部位ごとに、体脂肪率、体水分率、内臓脂肪レベル、筋肉量、骨量、心拍など体組成値を測定する。体重は、50g以内(従来の2倍)の誤差で測定可能。ITO(酸化インジウムスズ)電極14個が本体に、またステンレス電極4個がハンドルに内蔵され、心電図とセグメント体組成のデータを取得する。不整脈や心房細動などの潜在的なリスクの検出もできる。仏Impeto Medicalの協力を得て、足の汗腺に微弱な電流を30秒間流す検査により、ユーザーの神経活動に問題がないかどうかもチェックできる。

Vivoo

 米国のスタートアップのVivoo(ヴィーヴォー)は、 手軽な尿検査により、パーソナライズされた健康管理ができる検査キットと専用アプリ=写真=を出展し、トライアルキットを使ってアピールした。スティック型の検査シートに排尿し、専用アプリを使ってスマートフォンでスキャンするだけで、体内の水分量、pH値、ケトン体、尿路感染症や肝機能、腎機能などに関する指標が提示される。パーソナライズされた食事や栄養素のレコメンドや生活習慣のアドバイスが受けられる。12個(週1回3カ月分)の検査シートとVivooアプリを使った検査サービスは、3カ月89.9ドルのサブスクリプションで提供している。

ヘルスケア大手AbbottのCEOに就くロバート・フォード氏が基調講演

 CES 2022におけるデジタルヘルスへの関心の高まりは、米国の製薬・ヘルスケアカンパニーのAbbott(アボット)のCEO(最高経営責任者)に就くロバート・フォード(Robert Ford)氏=写真=が、ヘルスケア企業として初めて基調講演のステージに登場したことからもうかがえた。 ブラジル出身でAbbottに25年勤務してCEOに上りつめたフォード氏は、「これから私が話すことは、人びとの生活を豊かにする医療とテクノロジーの融合に関する物語だ。COVID-19は健康の重要性とテクノロジーの価値を、より強く浮き彫りにした。健康管理をすれば、病気を早期に発見して対処できる」と前置きしてから本題に入った。

 「今やヘルステックは、まさに変曲点にある。私たちは、あなたやあなたの大切な人に、よりパーソナルで的確なケアを提供し、人間の能力をまったく新しいレベルに引き上げる未来を創造している。診断技術を医療領域から健康管理領域へと拡大し、だれもが簡単に恩恵を受けられるようにしたい。2030年までに全世界人口3人に1人にAbbott製品やサービスを利用できるようにしたい」
 「Human-Powered Health(ヒューマンパワーによる健康管理)」を掲げるAbbottのイノベーションが、実際に人びとにどのようにフィットし、どのように暮らしを良くしてきたかについて、ステージに多彩なゲストを招きながら語っていった。
 「私たちは、あなたやあなたの大切な人に、よりパーソナルで的確なケアを提供する未来を創り出そうとしている。それは、いままさに起こりつつある。その可能性は信じられないほど大きいのだ」
 米国において、10人に1人が一般的な2型糖尿病患者(インスリンの相対的不足に陥った場合に発症する)にかかっており、また成人の10人に1人がなんらかの疾患を抱えていることを示した。
 その上で、上腕の後ろにセンサーを取り付けるだけで、採決なしで血糖値を検知できるリーダー(デバイス)と専用のモバイルアプリから構成される「FreeStyle Libre(フリースタイルリブレ)」について語り始めた。血糖値とは、血液中に含まれるグルコース(ブドウ糖)の濃度のことだが、小さなウェアラブルセンサーで1分ごとにグルコースを測定できる。昼夜を問わず血糖値を自動的に追跡し、継続的なモニタリングができる。菓子類などを食べると驚くほど血糖値が上昇するため、センサーをつけていれば間食を控える効果がある。

「FreeStyle Libre 3」がInnovation Awardを受賞

 その実例について、米国の女優でコメディアンであり、テレビのパーソナリティも務めたシェリー・シェパード(Sherri Shepherd)氏=写真=がステージに登場して、自らの言葉で語った。シェパード氏は、2007年から2014年まで、米ABCで放映されたデイタイムトークショー「The View」の共催者であり、デイタイムエミー賞に複数回ノミネートされて、2009年に受賞した。糖尿病の家系に育ったこともあり、糖尿病にかかってしまったが、血糖トレンドを「見える化」して、糖尿病自己管理ができる「FreeStyle Libre 2」を使って、その病気から逃れられ、人生を変えた物語をはっきりした口調で語った。

 「私の母は糖尿病の合併症で亡くなり、叔父もそうだった。姉も糖尿病にかかり、医師から私も2型糖尿病だと診断された。私の家系は何世代にもわたって糖尿病に苦しめられてきた。アフリカ系アメリカ人のコミュニティでは、糖尿病は一般的に『砂糖(sugar)』という、かわいらしい名前で呼ばれている。私は糖尿病にかかっても、初めのうちは、それが何を意味するのか分からなかった」
  シェパード氏はテンションを上げながら続けた。
 「私は、ペストチキンの入った大盛りのパスタを味わい、それからレストランに入って、イチゴとメープルシロップをたらしたパンケーキを楽しみ、続いてベーコンをたらふく食べるといった、不健康な生活を送っていた。それなのに、どれほど深刻なのか気づかなかった。運動もしないで、ジャンクフードを食べ続けていた。血糖値は300から400の範囲で、健康な人の約3倍の値だと知って唖然とした。ある日、私の息子のジェフリーが『ママが死んでしまったら、だれが僕のボディーガードになってくれるの』と私の人生を変えるような言葉を口にした。私は、その言葉に心が揺さぶられた」
 健康的なライフスタイルへの道を歩もうと決めて、健康的な食事と生活について学び、特定の食べ物や活動が私の身体にどのように影響しているかについて、よりよく理解しようとした。
 「ただ、私の血糖値がどのレベルにあるのかを把握するため、血糖値を測ろうとしたが、けっこう面倒だった。私は不健康な選択をしながら、ゆっくり自殺していくところだった。そして、ようやくFreeStyle Libre 2を見つけて、この小さな奇跡のおかげで、私の人生を変えることができた」
 上腕の後ろにセンサーアプリケーターを装着して、直感的に操作できる専用のモバイルアプリを見れば、血糖値を継続的に監視できる。針を刺して痛い思いをすることも、かさばるデバイスに束縛されることもない。血糖値が低くなれば、夜中でもアラームが発せられる。
 Abbottは、継続的に血糖値をモニタリングできるシステムの市場に、2017年に非侵襲的でウェアラブルなセンサーデバイスを使ったFreeStyle Libreで参入した。2019年にモバイルアプリ「FreeStyle Libre Link」を立ち上げるため、FDA(米国食品医薬品局)の認可を取得。2020年にFreeStyle Libre 2を送り出した。従来はハンドヘルドリーダーで上腕に装着された白く丸いセンサーをスキャンする必要があったが、2021年に専用のモバイルアプリ(FreeStyle Libre Link)をリリースしたことで、その必要もなくなり、持続グルコースモニタリング(CGM:Continuous Glucose Monitoring)機能を高めた。Abbottは、米国においてモバイルアプリで血糖値測定を実現した最初の医療機器企業となった。
 利用者は、スマートフォンをFreeStyle Libreの近くに置けば、リアルタイムで血糖値を表示できるようになった。また、8時間の血糖履歴が評価され、グルコースがどのように変化しているのかも矢印で分かる。アプリには、血糖値の傾向とパターンも可視化されるため、利用者がいかに血糖値を制御しているのかを理解しやすくなっている。
 2021年9月には、最新バージョンである「FreeStyle Libre 3」が、米国での臨床試験を終え、国際承認も受けてリリースされた。これは、CES2022の 最高革新賞であるBest of Innovation Awardを受賞した。従来品に比べて、70%小型化され、1円玉2枚サイズぐらいになり、「世界最薄・最軽量」という。装着しているのを忘れるほど軽い。センサーの素材のプラスチック使用量を41%削減し、カートン紙の使用量も43%削減している。最長14日間装着でき、リアルタイムのグルコース測定値をスマートフォンで確認することができる。

2021年3月から遠隔神経調節治療サービス「NeuroSphere Virtual Clinic」

 ロバート・フォード氏は、COVID-19パンデミックの影響で、多くの人たちが自宅の遠隔医療を利用するようになり、しだいに一般的になるにつれて、患者から収集したバイタルサインのデータが、医療提供者に病状の全体像を把握するのを助け、よりパーソナライズされたケアを提供することができるようになった状況を説明した。うっ血性心不全に苦しみ、6カ月の生存期間と宣告された若い男性のタイロン・モリス(Tyrone Morris)氏=写真=は、2021年1月に心臓移植を受けるまで、Abbottのワイヤレス肺動脈圧力モニタリングシステム「CardioMEMS HF」を装着して、体調の管理をしたストーリーを語った。Tyrone Morris氏は、心臓のインプラント「HeartMate 3iv」や肺動脈圧モニタリングデバイス「CardioMEMSv」とともに、体内に埋め込んで心室頻拍や心室細動などの致死的不整脈を止め、心臓の働きを回復する補助人工臓器である植え込み型除細動器(Implantable Defibrillator)の3種類のAbbott製デバイスを利用して、生命の危機を乗り切った。

 このシステムは、肺動脈内に植え込まれたセンサーによって、遠隔地からでも患者の肺動脈圧のモニタリングでき、心不全診療に欠かせないとして、欧米では広く臨床応用されている。
 現在、モリス氏はテキサス州ハンブルでフードトラックを所有して、バーベキューケータリングビジネスに従事しており、低ナトリウムレシピを専門としてサービスしている。健康を取り戻して、かつての自身と同じ状況にある他の人を助けるサポートグループを率いているという。
 次にフォード氏は、パーキンソン病や本態性振戦などの運動障害のある患者を遠隔で治療する技術について語った。
Abbottは、2021年1月に「NeuroSphere myPath」を発売した。これは、脊髄刺激療法(Spinal Cord Stimulation:SCS)または脊髄後根神経節(Dorsal Root Ganglion:DRG)療法に関連して、患者が感じる痛みと健康状態を追跡できるデジタルヘルスアプリである。
 このアプリが、リアルタイムで患者と医師をつなぎ、取得したデータから効果的に病状を管理できるようにしている。2か月後の2021年3月には、「NeuroSphere Virtual Clinic(NVC)」をリリースして、さらにアプリを強化した。これにより、米国で初めてFDAから承認された遠隔神経調節治療サービスとなった。

 アプリを介して、医師と患者でビデオチャットができ、リモートで治療デバイスにアクセスできるプラットフォームになっている。患者がリビングルームにくつろいでいても、臨床医はWi-Fiを介して、患者の身体に埋め込まれた医療デバイスにアクセスし、脊柱刺激、後根神経節療法、脳深部刺激療法など、パーキンソン病などの慢性的な痛みや運動障害の治療をリモートですることができる。医師は、遠隔地から患者と対話することで、治療設定を更新することもできる。ニューヨークにあるマウントサイナイ医科大学において、神経科学を研究する運動障害ディレクターのフィオナ・グプタ(Fiona Gupta)博士=写真=は、NVCの活用事例をビデオプレゼンテーションした。NVCにより、脳深部刺激療法をリモートで提供できることに加え、神経調節装置がパーキンソン病患者の激しい震えを完全に鎮め、治療を最適化できるメリットを強調した。コロナ禍にあっても、患者は自宅から出ることもなく、離れたところにいる医師により治療を受けたことを説明した。手が震える患者に対して、遠隔から電気インパルスを調整して最適化することで、震えが止まるというビデオによるデモも見せた。

 また、南カリフォルニア大学(USC)の臨床医学の教授でエグゼクティブディレクターに就くレスリー・サクソン(Leslie Saxon)博士は、「ヘルステックでデータを収集し、これを利用してリアルタイムに健康を把握し管理する力を持つことができる。医療提供者も患者に効率的に時間を集中できる」として、「ヘルスケア(Healthcare)」というより、「ライフケア(Lifecare)」だと話した。
 「クリニックだけでなく、いつでもどこでもヘルスケアがオンデマンドで受けられる方式にしなければならない」と語り、供給側ではなく、需要側が決定できるオンデマンド方式にメリットがあるとした。

次のパンデミックの脅威も早期発見する「Pandemic Defense Coalition」

 ロバート・フォード氏は、「医療の不確実性を減らす方法として検査がある。医学的な決定の70%は診断結果である。中央集中化を脱して、適時に適切な検査を実施することが必要だ。迅速な検査は、治療計画を策定でき、心の平和にもつながる。今後、簡単なテストが家庭に広く普及することで、その結果に合わせて医師との相談もできるようになるだろう」と語った。
 具体的には、病気に罹ったときに、検査が必要になるが、体調が悪くなったときに、自宅やホテルなどでも分散して検査することで状況が変わることを説明した。
その実例として、CES 2022の参加者に無料で配布した新型コロナウイルス検査キット「BinaxNOW COVID-19 抗原自己検査キット(COVID-19 Ag Card)」を挙げた。これを使えば、約15分でスマホアプリから結果を確認することができる。

  このキットは、コロナ禍でユナイテッド航空でも採用された。ステージには、ユナイテッド航空でホスピタリティ&プランニング担当マネージングディレクターをしているアーロン・マクミラン(Aaron McMillan)氏とともに、 Digital-Point-of-Care(デジタルポイントオブケア)プラットフォームを介して、デジタルヘルスを提供している米eMed Technologies の共同創設者兼CEOに就くパトリス・ハリス(Patrice Harris)博士が登場した(写真)。両氏は、Abbottと協力しながら飛行をサポートしていることを説明した。ユナイテッド航空の健康管理システム「Travel Ready Center」とAbbottの抗原検査キット、専用アプリ「NAVICA」とを連携させて、搭乗客は事前に抗原検査を受ける。この検査は、FDAの緊急使用許可(EUA)によるウイルス検査(核酸増幅検査または抗原検査)である。

 利用者は、検査キットを持参して旅行すれば、渡航先において個人でする検査結果も、eMedが提供するデジタルヘルスプラットフォーム上でワクチン接種記録などとともに管理されるため、米国に帰国に際して、検査の必要な空港に降りても検査機関を探す必要がなくなる。
 具体的には、モバイルアプリを使って、カメラをオンにしながら、COVID-19 Ag CARDをカメラに向けてキットを認識させ、その中に入っている綿棒を鼻に入れて、粘膜を取ってキットに格納した後、それを再度カメラに向ける。結果が判定されると、スマートフォンに証明証が送られてくる。陰性であれば、その結果を空港カウンターで見せればいい。
 これは 「Abbott Pandemic Defense Coalition」(アボット・パンデミック防衛連携)と呼ばれ、2021年3月に運用を開始した。COVID-19だけでなく、将来の次のパンデミックの脅威を早期発見して、迅速に対応するための世界規模のネットワークだとしている。ここには、Abbottの数十年にわたるウイルスサーベイランスの治験と蓄積に基づいており、未知なる疾患のウイルスサンプルの分析を含むウイルスの突然変異や変異株の検出にも役立てられるとしている。
 このプログラムは、臨床検査、遺伝子配列決定、公衆衛生研究における世界的な機関やセンターと接続することにより、新しい病原体を特定し、潜在的なリスクレベルを分析し、新たな診断検査を迅速に開発して、公衆衛生への影響をリアルタイムで評価することを目的にしている。プラットフォームの構築にあたっては、ウイルスサンプルの収集や識別、監視、検査、遺伝子解析を専門とする世界各国の研究者の協力を得た。

一般消費者向けバイオウェアラブル「Lingo」を発表

 ロバート・フォード氏=写真=は、抗原自己検査キットが身近になったように、医療用だけでなく、一般的なフィットネスやウェルネスを目的に、コンシューマー向けバイオウェアラブルの製品ラインへの進出も明らかにした。ここで、健康状態をトラッキングしてバイタルデータを測定する「Lingo(リンゴ)」を発表した。これは、グルコース以外のバイオマーカーも測定できるバイオセンサーで、ケトン体、乳酸などの体内の重要な物質を追跡し、近い将来にはアルコールレベルも判定できるという。グルコース、ケトン体、乳酸、アルコールの4つの指標が、スマートフォンのアプリでリアルタイムに可視化でき、管理できるようになる。ケトン体の量を確認することで体重の減量などに役立てられ、運動中の乳酸値は体内でグリコーゲン(糖原質)がどのくらい使われているのか、そのパフォーマンスを知ることができる。

 「このバイオウェアラブルは、ケトン体を継続的に監視し、グルコースではなく脂肪とケトン体を使用する代謝状態であるケトーシスに入る速さを確認したり、ダイエットや減量に関する洞察を提供する。これにより、何が原因になって、今の状態になっているのかを正確に理解できるようになる」
 Abbottは、2014年から糖尿病管理用の持続血糖測定器(CGM:Continuous Glucose Monitoring)を製造している。この糖尿病患者を支援するために築いたセンシングプラットフォームを拡張したのが、FreeStyle Libreの血糖モニターである。
 2021年にアスリート向けのバイオウェアラブルセンサー「Libre Sense Glucose Sport Biowearable iii(リブレ・センス・グルコース・スポーツ・バイオウェアラブル III)」を欧州で販売。マラソンの世界記録保持者であるエリウド・キプチョゲ(Eliud Kipchoge)選手も利用している。これにより、トレーニング前に装着して燃料補給を最適化できることを、ビデオでデモした。
 このようにして得られた350万人のユーザーのデータとエビデンス、知見にもとづいて開発したのがLingoである。体重管理、快眠、エネルギー増進、明晰な思考を求める一般の人に向けて、グルコースのモニタリングを拡大することが目的である。
 Lingoを使用すれば、身体や心の状態を良く保つためのバイオハッキング(Biohacking)に、断続的な血液や尿の検査、呼気測定などが要らなくなり、継続的なデータストリームの活用ができる。2022年の後半に、最初のLingo製品として、ケトン体を監視するための「Lingo Keto(リンゴ・キート)」を欧州で発売する予定。
 「Lingoは、自分の身体を見る窓のようなものだ。自分の体がどうあるのかを見えるようにし、何を必要としているのかを理解するため、いつでもアクセスできるサイエンスなのだ。Abbottのビジョンは、Lingoがコンシューマー向けウェアラブルの機能を拡張して、健康と栄養、運動能力を前向きに把握できるようにサポートすることだ」
 ロバート・フォード氏は、「医療イノベーションは、まさに起きている。その可能性は信じられないほどだ」と語りながらスピーチを締めくくった。

<つづく>

 (清水メディア戦略研究所 代表)