コラムCOLUMN

デジタルヒューマンと人間との自然な会話が可能に
メタバースやNFTと結びつきながら市場を拡大

海外動向

清水 計宏

親しみのある会話ができるSoul Machinesのデジタルヒューマン

 AI(人工知能)はユーザーからフィードバックされたシグナルで自己学習できるようになり、人間とAI駆動の自立型マシンやデバイスとインタラクションするなかで、デジタルアバターやデジタルヒューマン、バーチャルヒューマンといった人間の分身も進化のまっただ中にある。今後は、デジタルテクノロジーを用いて個人を識別するデジタルID(DID)とも結びつきながら、世界に通用する普遍的なソリューションを見出していくことが予想される。
 ここでは、引き続き、デジタルヒューマンやバーチャルヒューマンの世界的な利用の広がりを追っていく。最近では、人物のデジタルツインとして用いられることも増えており、よりイメージのリアリティが求められるようになっている。このため、デジタルヒューマンという呼称もよく使われるようになった。今回は、あえてデジタルヒューマンという用語を主として使用する。
 海外で代表的なデジタルヒューマン制作のスタートアップといえば、メタバース向けに提供しているSoul Machines(ソウルマシン)を真っ先に思い浮かべる。ニュージーランドのオークランドに本拠を置くハイテク企業で、2019年から積極的にデジタルヒューマンをプロモーションしており、世界的に広く使われるようになっている。
 Soul Machinesは、自律的なアニメーションを駆動するデジタルブレイン(特許取得済み)を搭載した「Human OS Platform(ヒューマンOSプラットフォーム)」を開発している。人と人との会話の醍醐味である温かみのある感情的なつながりのあるインタラクションと、人間とマシンの良好なコラボレーションを特徴としている。リアリティのあるダイナミックな体験をアシストすることを目指している。

 代表的なデジタルヒューマンとしては、「SAM(サム)」=写真=いう女性がいる。SAMには、相手を認識するシステムが備っており、人間っぽい感受性や共感力といったヒューマンスキルが組み込まれている。そのため、ヒトと対面で会話することができ、これまでのチャットボットとは一線を画している。  ユーザーを認識するため、カメラとマイクで相手の画像と音声をキャプチャする。このため、パソコンやモバイルデバイスを介して対話することになる。ユーザーの表情や声を分析しながら、自然な感じで親しみを込めてインタラクションができるため、プロモーションやキャンペーン、マーケティングに利用されている。

 生成されたデジタルヒューマンは「Soul Machines Digital People」という製品名で呼ばれている。2021年5月には「Human Operating System 2.0」が搭載され、親しみのある対面式のインタラクションだけでなく、カスタマイズや機能拡張ができるようになった。具体的には、Human OS 2.0により、デジタルツインやデジタルクローンの作成ができるようになり、AIキャラクターがジェスチャーを取り入れながら対話できるようになった。それ以前は、首から上までのデジタルヒューマンだったが、胴体と腕も備わり、ディスプレイ上に表示された仮想のアイテムを操作できるようになった。

Nestle Toll Houseは「Ruth」で消費者との結びつきを強化

 SAMのようにデジタルヒューマンが、若い女性の容姿と声をしていれば、実際の女性から下着のサイズや思春期のデリケートな問題などについて相談を受けるときにも、語りかけやすくなる。例えば、世界保健機関(WHO)と協力して、デジタルヒューマンが禁煙しようとしている人々にアドバイスしながら、関連情報を提供していたり、CDC(米国疾病予防管理センター)と協力して、新型コロナ感染症(COVID-19)に関する最新情報を伝えるなどして、デジタルルヘルス分野での利用も始まっている。

 WHOとのCOVID-19と喫煙対策のキャンペーンでは、「Florence(フローレンス)」=写真=と呼ばれる女性がデジタルヘルスワーカーとなり、禁煙へアクセスイニシアチブをとりながら、喫煙で併発しがちな心臓病、癌、糖尿病、呼吸器疾患などを説明している。併せて、COVID-19のパンデミックに際して命を救う正しい知識を提供してきており、流言や誤った情報が広がるのを抑えている。当初は英語だけに対応していたが、その後、国連の6つの公式言語(アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語)のすべてに対応している。このキャンペーンでは、AWS(Amazon Web Services)とGoogle Cloudも協力した。

 Soul Machines は、米国のラッパーであるwill.i.am(ウィル・アイ・アム)のほか、NBAのロサンゼルス・レイカーズに所属しているバスケットボール選手のCarmelo Anthony(カーメロ・アンソニー)とも協業し、デジタルツインによるプロモーションビデオなどを制作している。
このほかに、米国のメリービル大学やウェスト・コースト大学、オーストラリアのウェストパック銀行、ニュージーランド警察、SK-I(P&G のスキンケアブランド)、Google、Microsoft、Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)、PwC(プライスウォーターハウスクーパース)、ソニー、IBM 、ニュージーランド航空、AAMI(エイミィ:オーストラリアの保険会社)などとも仕事をしている。
 Soul Machinesのデジタルヒューマンは、オンライン銀行員、教育コーチ、バーチャル不動産業者、カスタマーサポート、営業、医療、ブランドアンバサダーといった仕事ができるように想定されている。12カ国語を自在に話すことができ、ワンクリックで外観や機能を容易に拡張でき、24時間365日ノンストップでパフォーマンスを発揮できる。
 その一方、過激で偏狭な使われ方を避けるため、Soul Machinesは政治家の利用については受け付けないことを公に発表している。もちろん、教育や医療など専門家がかかわる分野での利用も想定しているが、デジタルヒューマンが教師や医師に取って代わるのではなく、あくまでプロフェッショナルの補助的な役割を担うことが使命だとしている。

 Soul Machines のデジタルヒューマンの中で広く親しまれているのが、北米を拠点にチョコレート菓子を扱うNestle Toll House(ネスレ・トールハウス)の「Ruth(ルース)」だろう。  Nestle Toll Houseは、 スイスに本拠を置く世界最大の食品・飲料会社のNesle(ネスレ)の子会社。2021年2月から「Ruth」という名前のクッキーを焼くのを助けるためにRuthという名前のデジタルヒューマン「AI CookieCoach(クッキーコーチ)」=写真=を使って、プロモーションを繰り広げながら、消費者との結びつきを強めている。 "cookiecoach.tollhouse.com"のサイトにアクセスすると、3DCGのRuthが迎えてくれ、クッキーの焼き方について質問すると、リアルタイムで回答してくれる。プログラムのチャットボックスに直接質問を入力するか、Ruthが話すプロンプトを選択すればいい。ユーザーの質問に答えるだけでなく、オリジナルなチョコレートチップクッキーのレシピに加えて、ユーザーが希望する食材を使って、カスタムレシピをまとめられるようにガイドしてくれる。

 具体的には、カスタムレシピを選択すると、Ruthはクッキーの密度や希望のモーゼル(セミスイート、ミルクチョコレート、ダークチョコレート、プレミアホワイト、エスプレッソ、ファンフェッティ)、使用したい追加の材料(ナッツ、ドライフルーツ、オート麦またはプレッツェルビット)と一回につくる数量(ロットサイズ)を聞いてくる。これは、クッキーの保管やベーキングの温度と調理のタイミングに加えて、材料を選び、計量して、混ぜ合わせるときのヒントを適確にチュートリアルするためだ。一般的なベーキング材料とそのバリエーション、バターが使えないときの代替品、できあがりを軟らかくする調理法、チョコレートの傷み具合や賞味期限切れへのときの対処法などについても教えてくれる。
 このクッキーコーチは、同ブランドを代表する商品になったチョコレートチップクッキーを生み出したトールハウスインのシェフ、Ruth Graves Wakefield(ルース・グレイブス・ウェイクフィールド)からインスピレーションを得ているという。

米ニューヨーク市長選ではデジタルヒューマンがキャンペーン活動

 デジタルアバターは、もともとゲームやオンラインコミュニティで自分自身の代わりに動き回る分身を表すキャラクターを指していた。そのため、容姿をデフォルメしたり、扮装・仮装したりして、本人とは容貌・外観が異なることが普通だった。しかし、COVID-19のパンデミックの影響で、リモートが一般化したことで、ウェブ会議(WebMeeting)の延長でも使われるようにもなり、本人らしさや本人と識別できる外観をしたアバターが増えてきた。デジタルヒューマンは、会話ができるリアリティのあるAIアバターとも言える。
 どれだけ本物の人間に近づけるかを追求するデジタルヒューマンや人型ロボットの登場により、デジタルアバターもリアルの人物に近づけて、デジタルツインとして活動することも増えている。そのため、デジタルアバターとデジタルヒューマンの境界は曖昧になっている。
また、スウェーデンのポップグループであるABBAのデジタルヒューマンが「ABBA+Abatar」の意味を込めて、「ABBAtar」と呼んでいることやソーシャルVRプラットフォーム(メタバース)においてアバターを利用するときに、本人と分かるキャラクターをつくって、仮想空間上での会話に合わせて唇を動かしたり、ジェスチャーを交えたりして、現実に近い動きができるようになったことも影響している。

 例えば、 2021年11月の米ニューヨーク市長選では民主党のエリック・アダムス氏が当選したが、この選挙戦では本人に似たデジタルアバター=写真=が活躍して話題となった。2021年6月に、台湾系実業家のアンドリュー・ヤン(Andrew Yang)氏は、キャンペーンの一環として、自分のデジタルアバターを作成し、 アジアを代表するメタバース「ZEPETO(ゼペット)」のプラットフォーム上に再現されたバーチャルニューヨークにおいて、スピーチや記者会見をしたり、仮想の街角を歩き回って市民と触れ合うキャンペーンを実施した。

 少しコミカルにデフォルメされた愛嬌のあるアバターとして登場し、若者を中心にアピールして話題を集めた。ZEPETOは、スマートフォンで簡単に自分だけの3Dアバターを作って交流できるメタバース。ユーザーの90%が24歳未満だという。これまでDisneyやGUCCI、ONE PIECE(ワンピース)などともコラボしながら、世界で2億人超のユーザーを抱えている。
 なおZEPETOは、イタリアの児童文学『ピノッキオの冒険』で、ピノキオの生みの親で人形職人でもある心優しいおもちゃ屋主人のゼペットじいさん(Mister Geppetto)にちなんでいる。

コロナ禍で急増したソーシャルVR(メタバース)

 メタバースに没入できるソーシャルVRは、米Meta(旧Facebook)が積極的な戦略を打ち出し、攻勢をかけていることもあり、盛り上がりを見せている。Metaは、2021年8月にVR空間内で会議ができるプラットフォーム「Horizon Workrooms (ベータ版)」=写真=をリリースした。同年10月には欧州でメタバースの開発を目的に1万人の人材を雇用し、2021年にはメタバース関連部門「Meta Reality Labs」へ約100億ドルを投資、さらに今後数年間のうちに投資額を増やしていく計画を発表した。  過去のメタバースのブームを知っている人は、2003年6月に米Linden Labが稼働を開始し、一時は世界でサイバー経済のバブルを巻き起こした仮想空間「Second Life」の紆余曲折を想起する人も多いはず。

 いまや、海外では、ZEPETOやSecond Lifeのほか、VRChat、Neos VR、Hubs VR、Lavender、Rec Room、AltspaceVR、Wave、High Fidelity、Sansorといった主要なプラットフォームがあり、国内にもcluster、ambr、Virtual Cast、VARK、STYLY、comony、Kinetoscape、Smart Expo Online、cloud.config Virtual Event Service(ccVES)などが続々と生まれていて、まさに百花繚乱の様相を呈している。
 メタバースは、機能拡張が進んでおり、イベントや会議、教育、セミナー、EC、プロモーションなど、幅広く利用され始めている。ただし、現実の世界に比べて情報量や変化の度合いが少なく、頻繁に長時間の利用をすれば、テクノストレスがかかり、飽きられてしまう恐れもある。メタバースは、空間や時間のしがらみから解放されて、自由に仲間と集まることができ、年中無休でグローバルな取引も可能になる。国境を越えた斬新なコミュニティの形成も期待される。
 ただし、メタバースでは温かい食事を一緒に味わうことはできないし、風呂に入ってくつろぐこともできない。もちろん、視覚、聴覚だけでなく、限定的に嗅覚、触角、味覚も体感できるツールはできている。だが、人間に備わっている五感と直感をフルに使いながら、生命感あふれる自然から生気を実感することはできない。そのため、仮想世界は現実世界と密接につながり合いながら、両空間の人間や企業・団体も含めて、相互の信頼性を高めていくことが必要になる。
 今後は、メタバースの中に別のメタバースやアプリケーションを組み入れたり、メタバース同士がつながって多重化・多層化していくことも予想される。
 そうした中で、AR/VRで実現される仮想空間を相互接続し、V-Commerce(仮想空間商取引)、スマートシティのインフラなどの用途を想定するテクノロジーとして、「Spatial Web(空間Web)」も生まれている。これは、同名のSpatial Web(旧VERSES Labs)によって開発されたクラウドテクノロジーである。このプトロコルは、スマートシティのインフラなどに用いられている。仮想空間上のモノ、場所、アセット(資産)のアドレスや位置情報を、複数のブロックチェーンに発行、流通、管理することを可能にしている。2020年にユニセフやTEDx(公式ラインセンス・プレゼンテーション・イベント)などで試験運用されている。

 Digital CES 2021で開催されたデジタルパーティ=写真=では、Spatial Web上に巨大なステレオ・スピーカーを配置したステージが設けられ、『American Idol』『American Top 40』などのラジオ、テレビの番組司会者として知られるRyan Seacrest(ライアン・シークレスト)が、英国の女性シンガーソングライターでファッションモデルでもあるDua Lipa(デュア・リパ)へリモートでインタビューして話題になった。素顔に近い18歳のDua Lipaが、COVID-19のパンデミックの中での生活や音楽とのかかわり方を話したりした。途中、Instagramやプロモーションの写真や映像などをエピソードとしてはさみながら演奏をした。また、米国のシンガーソングライターのBillie Eilish(ビリー・アイリッシュ)は、この日のためだけにライブ演奏した。

 オンラインパーティ会場となったのは、星がきらめく空間に浮遊するバーチャルクラブで、参加者は円形のアイコンとなり、クラブ内を動き回れるようになっていた。空間には、セクシーなヒューマノイドダンサーたちが踊ったりして、ラスベガスナイトを連想させた。
 時間と空間の拘束から解放されるメタバースは、VRヘッドセットだけでなく、モバイルアプリやブラウザーからも利用できるようになった。今後、AIやロボティックス(ロボット工学)、バイオメトリクス(生体認証)、5G(第5世代移動通信システム)、ハプティクス(触覚提示技術)をはじめとする、さまざまなテクノロジーと融合しながら、適用範囲を広げるに中で進化を遂げていくことになるだろう。
 ただし、だれもが使いやすいデバイスやユーザーインタフェース(UI)により、世界中の人たちが、日々の生活や仕事に欠くことのできないほど、信頼できるツールになれるかどうかが鍵になる。当初は、目新しさ、珍しさでアテンションを集められても、日常的に定着していかなければ、激しい競争と時間経過の中で淘汰されていくことになる。
 デジタルアバターやデジタルヒューマンは、親しみと面白さを感じさせるUIの一つとしても捉えられるようになっている。そこで動き廻るアバターが果たして本人の分身なのか、それともフェイク(偽物)なのかが問われることにもなる。デジタルIDは、オンライン空間やメタバースが広がりを見せるなかで、地球規模の汎用性と高度なセキュリティが求められるようになっている。

NFTと結びついて市場を広げるデジタルヒューマン

 デジタルヒューマンの市場を広げようする動きのなかで、見逃せないのが、国内でもヒートアップしている NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)との結びつきである。世界最大のオークションハウスであるサザビーズは、デジタルアートの勢いを伸ばすなかで、NFTやその他の暗号資産ベースのアートへも力を入れており、NFTマーケットプレイス「サザビーズ・メタバース」を立ち上げている。2021年10月にはNFTスタジオのMojito(モヒート)への2,000万ドルのシードラウンド投資にも参加した。
 これに関連して、2021年6月にはシンガポールと米国にオフィスを置くインテリジェントNFT(intelligent NFT:iNFT)を開発する Alethea AIは、アーティストのRobert Alice(ロバート・アリス)と共同で、ブロックチェーンとAIを組み合わせたバーチャルヒューマン「Alice(アリス)」をサザビーズでオークションにかけて、47万8,000ドルで落札されている。
 iNFTとは、自然言語処理モデルが組み込まれたNFTを指す。Alethea AIは、OpenAIのGPT-3 (Generative Pre-trained Transformer 3)エンジンを搭載した、インテリジェントでインタラクティブなNFTを作成するための分散型プロトコルを構築。これをiNFTと呼び、NFTのアニメーション化、インタラクティブ化、インテリジェント化に取り組んでいる。

 デジタルヒューマンとNFTの結びつきの先駆けとなったのが、 2014年に米ロサンゼルスに設立されたBrud(ブラッド)が作成・運営している「Lil Miquela(リル・ミケーラ)」=写真=だろう。  Lil Miquelaは、2016年にBrudの共同創設者であるトレバー・マクフェドリーズ(Trevor McFedries)とサラ・デクー(SaraDecou)の両氏がデジタルアートとして制作した。その後、Instagram(アカウント:@lilmiquela)に投稿されて、バーチャル・インスタグラマーとしてデビューすると人気に火がついた。すでに310万人超のフォロワーを抱えている。

 Lil Miquelaは、サムスン電子のアンバサダーのほか、ファッションブランドであるPRADA(プラダ)やSupreme、Barney'sなどとタイアップ(スポンサー契約)した。米カリフォルニア州インディオの砂漠地帯(コロラド砂漠の一角)で開催された野外音楽祭のコーチェラ・フェスティバル(Coachella Festival)のホストをしたこともある。2017年8月には、音楽ストリーミングサービスのSpotifyでファーストシングル『Not Mine』をリリースし、バイラルチャートで8位にランクインした。
 2018年には、米TIME誌により世界で最も影響力のあるインターネットセレブ(25人)の一人として選ばれている。2021年4月になると、NFTへ進出した。Lil Miquelaの5部構成のNFTアート作品「Rebirth of Venus」は、合計159.5 ETH(Ethereum:イーサリアム)、ドル換算で約8万2361ドルを調達。オークション収益金は全額、アフリカ系米国人の女子にテクノロジー教育を提供するための非営利団体Black Girls CODEに寄付されている。
 NFTと結びつく事例は、もちろん国内にもある。2004年に設立されたデジタルクリエイティブエージェンシーであるアタリ(神林大地社長)と、アートディレクション関連の活動をするZARBON AND DODORIA (森恒河社長)は、2019年4月にデジタルヒューマン「MEME(メメ)」を開発。2019年4月からInstagramアカウントを公開している。綺麗な人形モデルではなく、リアルな感情や思想をもった「不完全な女の子」と性格付けし、日常のできごとやMEMEが作ったアート作品を中心に投稿をしている。2021年3月には、デジタルヒューマン自身によるNFTアートを出品し始め、MEMEのアーティスト活動をスタートさせている。第一作として、ロマンティックなテキストを付属したポートレート写真を出品した。美術カテゴリーでは、フィクショナルキャラクターがアートを作るというコンセプチュアルアートに属している。
 ここで、認識しておくべきことの一つとして、NFTは顕在化してからまだ歴史は浅く、発展途上にあるということである。新規性やビジネス性が喧伝されて、過度とも言えるほどに期待感があおられ、流行の真っただ中にある。NFTが、これまでコピーや複製に阻まれていたデジタルコンテンツやデジタルアセット(資産)が、商品として売れるようになったことは画期的であり、これは歓迎すべきことである。
ただし、NFTの購入者が所有できるのは、著作権ではなく、ブロックチェーン上のユニークなハッシュと、トランザクション記録、作品ファイルへのハイパーリンクだけだ。もし、トークン(仮想通貨)の鋳造(Minting)に際して身元を偽っていたりすれば、問題となる頻度は確実に高まる。NFT市場に特化した法的枠組みはなく、他のテクノロジーと同様に、最初のうちは先走った行為や扇動に巻き込まれがちになる。
 投機性・賭博性が高くなり、限られた成功者がたきつけたり、メディアでセンセーショナルに取り上げられることに紛れて、詐欺・欺瞞・虚偽も横行し始めている。もちろん、米Adobe(アドビ)が、コンテンツ制作者の情報や編集履歴を作品に埋め込み、作品の真正性を示す「Content Credentials(コンテンツ・クレデンシャル)」を開発し、画像編集ソフトのPhotoshopで作成した作品に、ユーザーのSNSアカウントと暗号資産ウォレットアドレスがリンクできるようになるなど、新たなテクノロジーも開発されている。今後、ごく一般の人たちが、低コスト、低リスクで気軽に利用できるようするために、さらなるテクノロジーの発達とエコなプラットフォームの整備が求められている。
 解決すべき課題は、ほかにも顕在化している。デジタルヒューマンは、ときとして現実の人間よりもオンライン上で存在感があり、リアリティが格段に上がっている。そのため、実際の人間の分身がサイバースペースにおいて映し出されても、それが果たして本人の化身なのか、別人のなりすましなのか分からないことがあり、その認証が求められるようになっている。デジタルヒューマンが現実の人物を不当に模倣していないか、有名人であれば公認されたものかどうか、デジタル登録プロセスに問題はないかなど、商用化が進むほど問題点は膨らんできている。
 こうした難題に対処しながら、継続的に悪いところは抑え、良いところは伸ばしていくことでしか、健全な市場は発達しないはずである。
 さらに国内では先端テクノロジー開発や産業振興でいかに世界に追いつくかは議論されても、哲学的、社会科学的な視点を含めて、人間社会の未来をどのようにデザインしていくかという将来ビジョンの共有は希薄になっている。これまでは限られた天才が直感的、感覚的に未来図を描いてきた一面もあるが、いまやテクノロジーの研究開発に携わる一人ひとりが、どうしたらより人間性のある未来にしていけるかについて、洞察しなければならない時代に入っている。

 次回は、デジタルヒューマンの歴史と音楽・映画分野での活躍などについてレポートする予定。

<つづく>

 (清水メディア戦略研究所 代表)