コラムCOLUMN

コロナ禍で加速した非接触・遠隔ツール 仕事・会議、医療のリモート化にもAIが不可欠に

海外動向

清水 計宏

ニューノーマル向けツールにもAIや5Gを導入

 世界的な新型コロナ感染症(COVID-19)の拡大で、在宅勤務、テレワーク/リモートワーク、WebMeeting(ウェブ会議)が一般化した。オンライン(デジタル)とリアル、仮想と現実、個人と公共性(公私)、生活と仕事の融合が進み、その境界がシームレスになった人が多いことだろう。経費の公私混同は正しくないが、仕事と生活の融合は、人生の糧を高めるうえでは望まれてきたことでもある。
 世界の先進国では、会議、マーケティング、広告・宣伝、販売・営業、商談・接客(カスタマーサービス)といった業務だけでなく、教育・学習や医療・ヘルスケアにおいても、 "デジタルファースト" が行き渡り、DX(Digital Transformation)が加速した。厖大なデータ処理と分析のため、AI(人工知能)の導入も急速に進んでいる。
 多くの会議がオンラインに移行するなか、Zoom(Zoom Technologies)=写真=やWebEx(Cisco)、Teams(Microsoft)、Hangout(Google)、Chime(Amazon)、GoToMeeting(LogMeIn)、BlueJeans(Verizon)、Workplace(Facebook)といったWebMeetingツールが欠かせなくなり、企業・団体だけでなく、同好会やクラブ、友人同士の打ち合わせにも利用されるようになっている。

 WebMeetingでは、議事録サービスや記録ツールも発達している。AI音声認識・文字起こしと連動して、議事録の自動作成ができるようになってきた。米Zoom Technologies が、独カールスルーエ工科大学のスタートアップで、AIリアルタイム翻訳を手がけるKites(カイツ)を買収したことから、多国籍のオンライン会議に母国語で参加しても、参加者の国語にリアルタイム翻訳され、字幕で表示される日も間近になっている。  Googleが開発した、AIによる会話テクノロジー「LaMDA(ラムダ)」は、検索だけでなく、Google Assistant(音声アシスタント)やGoogle Workspace(グループウェア)への会話機能の組み込みが想定されている。LaMDAは、Google Researchが2017年に開発したニューラルネットワーク・アーキテクチャー「Transformer (トランスフォーマー)」をベースにしている。

 このようにAIを使った自然言語解析の進歩は著しい。ノンプロフィットのオーガナイゼーションで、米Microsoftと協力関係にあるOpenAIが開発した自然言語処理モデル「GPT-3」は、2020年に旋風を巻き起こした。また、中国政府の支援を受けている北京智源人工知能研究院の研究チームが、2021年6月に発表した「WuDao 2.0(悟道2.0)」もその1つだ。WuDao 2.0は、1兆7500億のパラメーターを持つ自然言語のディープラーニングモデルである。
 デジタルファーストで在宅勤務が一般化し、これをサポートするスタートアップであるBluescape、Eloops、Figma、Slab、Tandem、Miro、 Lucidspark、G2 Storefront、MURAL、Lucidchartといった企業もビジュアル・コラボレーション・プラットフォーム(ワークプレイス)を提供して、2020年から注目株になっている。資料、コンテンツの作成・共有のほか、対話、プロジェクトの追跡、従業員トレーニング、仮想チーム・ビルディング・アクティビティの実行などを可能にする。社交にはパーティが付きものだが、AR/VR、ブロックチェーン、位置情報を組み合わせたSpatial Web(空間Web)がオンラインパーティに使われたりもしている。
 こうしたニューノーマルのワークプレイス・ツールには、AIやIoTソリューションとともに、5Gネットワークが使われるようになっており、クラウド化とDXを加速させている。

非接触・遠隔の医療・診断でも激しい競争

 非接触と遠隔は、医療分野に及び、過熱状態にある。これまで及び腰だった日本、米国をはじめとする国々もCOVID-19の曝露を減らすために、遠隔医療やクラウド型のライフサイエンスを実装せざるを得なくなっている。遠隔医療は、テレヘルス/テレメディシンと呼ばれている分野である。
 英ロンドンに本拠を置くIHS Technologyの調査によれば、米国においてパンデミック前と比較して、遠隔医療の利用は50%増となり、2020年には7,000万人が利用すると推計。米Wintergreen Researchの調査では、ウェアラブルデバイスを使った遠隔医療が加速し、2020年には患者の60%が遠隔医療を使用しており、2019年の2%から急伸した。また、米Forrester Researchは、米国のバーチャルケアによる訪問件数は2021年初頭には約10億に達すると見ていた。
 すでに、AIは医療分野でも広く使用されており、患者の診断や治療・回復度の追跡などに適用行動、パーソナライズされた医療提供が始まっている。バイオテクノロジー、ヘルスケア、投薬管理などにもAIやロボットが使用されることが多くなっており、ロボットが患者のバイタルサイン(生命兆候)の確認や状態の監視をする"ロボットヘルスケア"とともに、ロボットが採血や消毒、外科手術をサポートする "メカニックヘルパー" が広がりを見せている。もちろん、患者のスクリーニングや予測、病気の早期発見、医薬品やワクチン開発に、AIはすでに使われている。
 医療施設・機関と臨床医は、患者との間の物理的な接触を回避するケアモデルとして、遠隔医療は広がっており、医師にとっては短い時間の間に多くの患者を診察することができ、患者は自宅にいながらリラックスして診察を受けることができる。
 ヘルスケア関連のIoTとAIを組み合わせたウェアラブルデバイスやAIアプリの急増も手伝って、米国では、気軽に相談にのってくれる総合的な医療であるプライマリケアのニーズが高まっている。2020年には、患者の60%が遠隔医療を使用しており、2019年の2%から急伸した。米Research and Marketsの調査によれば、2020年から年間6億件の遠隔医療データが転送されるようになっている。

米VEEV は165カ国で臨床試験向け統合プラットフォームを提供

 こうした状況の中で、 2020年8月に米国に拠点を置く多国籍の遠隔医療を提供する最大手のTeladoc HealthがLivongo Health(リボンゴ・ヘルス)を183億ドル(約2兆円)で買収した。Livongo Healthは、糖尿病や高血圧等慢性疾患のモニタリング、コーチングを遠隔でも提供していた米国のバイオテクノロジー企業である。
 2021年4月には、Microsoftは医療分野に特化したAIとクラウドと音声認識の技術を持つNuance Communications(ニュアンス・コミュニケーションズ)を197億ドル(約2兆1400億円)で買収した。続いて、遠隔医療を提供するAmwell (アムウェル:旧American Well)が2021年7月にデジタル・メンタル・ヘルスプラットフォームを提供するスタートアップのSilverCloud Healthとバーチャル医療を提供するスタートアップである米Conversa Healthを買収している。医療のデジタル化の業界では、新規参入も相次ぎ、激しいつばぜり合いを演じている。
 米Veeva Systems(VEEV)は、臨床試験向けの統合プラットフォームのほか、薬事申請管理、ライフサイエンス企業向けのソリューションを提供し、ライフサイエンス業界に特化したクラウドソリューションで、世界の8割のシェアを握る。この企業は、医療向けのWebMeetingツール " Veeva CRM Engage Meeting" を無料で提供しており、製薬企業がリモート会議で、最新研究と治療情報を医師に提供できるようにしている。リモートモニタリング機能 "Veeva SiteVault Free" は、治験モニターが臨床試験をスケジュール通りできるようにするための必要なプロセスであるSDV (Source Document Verification:原資料の直接閲覧)についても遠隔で実現した。患者のプライバシー保護と医療データセットを組み合わせた "Crossix Data Platform" では、遠隔医療メトリクス(測定基準)が追加され、患者と医師の間に理解とインサイトを高めている。VEEV は、2007年に創業し、約10年で北米だけでなく、欧州、アジア、日本の165カ国に事業を拡大している。

Amazonは全米に24時間体制の医療サービスを拡大

 Amazon、Google、Appleといった巨大IT企業も、医療分野へ投資を増やしている。このうちAmazonは、2021年夏から医療サービス「Amazon Care (アマゾンケア)」を全米50州に拡大した。すでに、2021年6月から他の企業へも提供を始めている。  Amazon Careは、2019年9月にAmazonの医療サービス部門として開設され、当初は米ワシントン州シアトルで社員と家族向けの実験プロジェクトだったが、2020年2月にはサービスの商業化に乗り出している。これは、専用アプリ=写真=を通じ、24時間体制で、臨床医や看護師へのビデオ通話とテキストチャットによるオンライン医療相談ができ、必要に応じて訪問診療・看護も受けられるサービス。処方薬の配達サービスも迅速(数時間後)に受けられる。  Amazonは、全米の自己保険制度を採用している企業の雇用主と協力する医療グループであるCrossover Health(クロスオーバーヘルス)と提携しており、カリフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州など6州にある17の施設に、Amazon Careのユーザーがアクセスできるようにしている。オンラインサービスだけではなく、臨床ケアネットワークの構築も進めている。2020年7月には米国の5都市に20カ所のクリニックを開設し、Amazonのフルタイム従業員とその家族が先行して利用できるようにしている。

 また、Amazonのクラウドコンピューティングサービス部門であるAmazon Web Services(AWS)は、2021年7月に医療機関によるクラウドベースのヘルスデータの保管や利用を可能にする「Amazon HealthLake」サービスを米国で開始している。
 このサービスは、HIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996: 医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律)に準拠しており、ヘルスケアやバイオ医薬、ゲノム関連分野の顧客(企業)に、個人または患者の集団のヘルスデータを完全に可視化し、大規模なクエリ(データベース管理システムへの処理要求)と分析をすることができる。
 業界標準の "Fast Healthcare Interoperability Resources"(FHIR)を採用し、データの形式を整えて、オンプレミス(構内)のシステムからセキュアなクラウドベースのデータレイクへとデータを移行。機械学習(ML:Machine Learning)を用いて、医療用語や臨床データを分析し、データに対して標準化されたラベルを付与して検索・分析を容易にする。患者の診察・検診などをタイムラインでインデックス化することで、医療従事者が患者の状態を総合的に把握できるようになる。緊急時にも、医療チームに適切なタイミングで医療チームに必要なデータを提供し、患者の転帰の改善にもつなげられる。
 米イリノイ州シカゴにあるラッシュ大学メディカルセンターでは、シカゴ公衆衛生局に代わって公衆衛生分析プラットフォームの構築にHealthLakeを導入した。このプラットフォームは、治療を受けている COVID-19患者の入院や退院、移転、電子ラボ報告、受け入れ可能な病床数とともに、臨床ケア文書に関連するシカゴ全土の病院データを集計し、組み合わせて分析できる。そのため、シカゴの 32 病院のうち 17 病院がすでにデータを提出しており、ラッシュ大学は2021年夏頃には 32 病院すべてを統合することになっている。

米Walmartは低価格で医療・ケアサービスを提供

 リアル店舗で全世界に1万1000店舗を抱え、230万人を雇用する、世界最大のスーパーマーケットチェーンである米Walmart(ウォルマート)の動きも見逃せない。
 Walmartは、2021年5月に "Healthcare Virtually Anywhere" を掲げて遠隔診療サービスを提供しているMeMD(ミーMD)を買収することを決め、同年6月に買収を完了している。この買収により、Walmartはヘルスケア事業において、オンラインとオフラインを組み合わせたオムニチャネル化を進めてきたが、しだいにオンラインに軸足を移している。
 MeMDは2010年に創業され、パソコンやスマートフォン、電話などを通じた24時間・年中無休の遠隔診療サービスを展開している。個人や法人など全米で数百万の会員が、一般的な病気やけが、精神疾患に関する遠隔診療サービスを利用している。買収手続きは6月に完了している。
 COVID-19パンデミックの中で、Walmartも存在感を高めた。リモート(遠隔)・非接触が日常化し、サイバー空間へコミュニケーションへと移行する中にあって、サイバーとフィジカルの関係性が問われ、半ばシームレスになった。感染症に見舞われ、PCR検査を受け、病気の診断・治療を受けるのは、まさに生身のフィジカルな人間であるが、その行動が制限されるなかで、サイバー空間での利用価値が高まった。
 実店舗とECサイトのオムニチャネルで、小売り事業を展開し、ヘルスケア企業を傘下に収め、その事業を本格化しようとしていたWalmartには好機となった。
 米国においても、多くの人が実店舗を訪れるのを避けたことで、ネット通販の売り上げを大幅に伸ばした。2020年9月には、食料雑貨などの商品を宅配するサブスクリプションサービス「Walmart+」を開始し、Amazon Primeと直接競合するようになった。
COVID-19が蔓延する以前には、食料品のネット注文は、全体の購買の5%に過ぎなかったが、2倍に跳ね上がった。それまで、ECの割合が10~12%になるには2025年くらいだと予測されていが、その5年間を飛び越したことになる。

 Walmartは、感染拡大が進むなかで、コンシューマー(消費者)へ手頃な価格で品質のいいヘルスケア製品・サービスを届ける方針を固めた。国民皆保険制度のない米国において、低価格で透明性のある医療・ケアサービスを提供することを目的に、Walmart Health(ウォルマート・ヘルス)=写真=の開設を始めていた。  パンデミックのさなかの2020年6月に、ジョージア州ローガンビルに店舗併設の診療所として開設。当初は、Walmart Health Centerと呼んでいた。ほぼ同時期に、アーカンソー州スプリングデールにおいて、小型の新プロトタイプを新設している。2021年1月期末時点でジョージア州とシカゴ地域で9カ所を運営していたが、2021年内には22カ所にクリニックを開設することになっている。

 Walmart Healthには、医師や歯科医、ナース・プラクティショナー(NP)、医療技師らが常駐しており、初期診療や臨床検査、レントゲン撮影、歯科治療、眼科治療などの医療サービスを提供する。調剤薬局や眼鏡店も併設され、診療や医療相談にかかる費用は、特殊な治療を除いて予約時に患者に通知される。初期診療は40ドル。歯科検診は25ドル、眼科検診は55ドルといった具合。ただし聴覚検査は無料で受けられる。なお、NP とは、医師の指示を受けずに自ら診察や検査、投薬、薬の処方ができる上級看護師。 臨床医と看護師の中間職と位置づけられ、特定看護師とか診療看護師とも呼ばれる。
 Walmartは、積極的な買収戦略と新規事業の創出によって、デジタルシフトを推進していきた。これが時価総額を維持できた要因にもなった。グループ企業の資産を有効活用したことと、2017年に商取引の未来を変える可能性のある企業を育てることを目的に、シリコンバレーの中心部であるカリフォルニア州サンブルーノにインキュベーション組織"Store No.8 (ストアナンバーエイト) "を開設した。この組織が、Walmart の先端テクノロジーの見極めや導入にも一役買っている。2005年に設立されたWalmart Lab(ウォルマート・ラボ)は、半年から1年ぐらい先の顧客の新体験の創造を主眼に置いているが、No.8は、3~5年先を見据えて、少し先の未来に成果を挙げることを目指している。
 Walmartは、2019年2月にイスラエル・テルアビブに本社を置くAIスタートアップのAspectiva(アスペクティバ)を買収した。買収後、AspectivaはStore No.8に加わり、テルアビブにおいて引き続き研究開発を継続している。Aspectivaは、機械学習と自然言語処理のAIテクノロジーを保有し、顧客レビューを分析して、顧客エクスペリエンスの向上につなげている。

 Walmartが、DX化の流れのなかで、AIや自律型車両、ドローン配送、ブロックチェーン、VRなどのテクノロジーを導入して、ショッピングの顧客体験をアップデートしてきたのは、Store No.8に依るところが大きい。  「私自身、単一のテクノロジーではなく、あらゆるテクノロジーの組み合わせによって、世界がどのように変わっていくか、またそれらがどのように組み合わされているかをみるに関心がある。そのなかで投資するところと、しないところを選択・決定していく」  WalmartのCEOに就くDoug McMillon(ダグ・マクミロン)氏=写真=は、2021年1月に開催されたDitital CES 2021の基調講演で、こう発言した。

米国の遠隔医療ではメンタルヘルスが不可欠に

 Walmartのほかに、米国において、ドラッグストアと薬剤給付管理を中心にヘルスケア事業を展開している大手にCVS Health(CVSヘルス)がある。このグループは、ドラッグストアのCVS/pharmacy(CVSファーマシー)店内と、2015年に買収して傘下に収めた薬局・診療事業のディスカウントストアTarget(ターゲット)の店内薬局において、約1100カ所に小規模診療所「Minute Clinic(ミニットクリニック)」を開設している。
 Walmart Health は、Minute Clinicよりも規模が大きく、提供する医療サービスの幅も広い。予防的アプローチに力を入れているのも特徴である。デジタルとフィジカルの両面で、オムニチャネル・ヘルスケアを提供してきたが、COVID-19パンデミックにより遠隔医療の割合が急増したことで、遠隔(リモート)への投資が急増している。
 Walmartは、リモートによるヘルスケアを"バーチャルケア"と呼び、ここに焦点を移したのは、実際の診療所を建設するのに比べてはるかに投資額が少なくて済み、より多くのコンシューマー(消費者)にリーチできるからである。
 医療・ヘルスケア分野のデジタル化は、COVID-19感染が広がるなかで必要不可欠なこととして、米国の社会には深く刻み込まれた。巨大IT企業が目をこらすのは、ビックテックの先端分野の一つであり、個人の身体に関係するビックデータが収集でき、さまざまな研究開発にも生かせるからだ。
 米国における遠隔医療の特徴を挙げるとすれば、メンタルヘルスが重要な分野の1つとして組み込まれている点である。心の病で通院するのは、スティグマ(差別・偏見)を受けやすく、つい控えがちになってしまう。遠隔による診断・治療では、外の目を気にすることなく診てもらえるため、とても利用しやすくなった。
 米臨床雑誌のJournal of Health Service Psychologyが3,000人を超える心理学者を調査した結果によれば、パンデミック時にメンタルヘルスの遠隔医療サービスの使用が29%から83%に急増し、将来も遠隔診療を続けたいとする患者の声が多くを占めた。
 このほか、スタートアップでは、"Doctors On Call 24 Hours " (Urgent Care Online) を提供するMDLive、"Online Doctor 24/7" のiCliniqのほか、K Health、98point6、Sense.ly、Eden Health といった企業があり、今後に大きく成長する可能性がある。

 最近の傾向として、AI音声アシスタントがヘルスケアや健康相談に使われ、電子カルテである電子健康記録(EHR)の入力にも使われるようになっている。例えば、First Aid Amazon Alexa skill (Mayo Clinic) は、セルフケアについて回答・指示できる音声で入力できるアプリとして使われている。Amazon Alexa=写真=は、HIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996;医療保険の携行性. と責任に関する法律)に準拠する最初の音声アシスタントとなった。

米BioIntelliSenseから遠隔でバイタルサインの監視ができるデバイス

 遠隔医療・診断では、患者の症状をモニタリングするためのスケーラブルで費用効果の高いソリューションが必要となる。米国のTeladoc HealthとDexCom、Livongoの3社は、健康情報を簡単に視覚化できるサービスとして、連続血糖モニタリング(CGM)テクノロジーと糖尿病管理ツールを提供しており、ライフスタイルの変化が血糖にどのように影響するかを把握するのに役立てられている。

 IoTの普及で手軽に利用できるデバイスも増えている。その1つとして、モバイル端末と連携する「BioButton(バイオボタン)」=写真=がある。これは、米デンバーに本拠を置く健康監視・臨床企業のBioIntelliSense(バイオインテリセンス)が開発・提供している。大きさは20セント硬貨(22 mm)ぐらい。日本円なら100円硬貨が近い。  このヘルスモニタリングデバイスは、最大90日間、継続的にバイタルサインの監視がリモートででき、安静時の継続的な体温、呼吸数、心拍数を測定し、リスクステータスを計測できる。FDA(米国食品医薬品局)の承認を受けている。ただし、1回限りの使用となる。  バイタルサインを継続監視することで、COVID-19感染の初期兆候などを早期検知にも役立つばかりか、COVID-19の "自宅療養" にも使うことができる。測定内容には、氏名や日付、位置情報などの個人情報を含まないことで、プライバシー保護にも配慮している。臨床医は高解像度の患者の傾向分析やレポートにアクセスでき、自宅での医療ケアのグレードを上げることができる。  計測したバイタルサインはBLE(Bluetooth Low Energy)経由で、スマートフォン向け専用アプリ「BioMobile」(iOS、Android対応)に送信され、米CDC(Centers for Disease Control and Preventio:米国疾病予防管理センター)のガイドラインに基づいた分析結果として、「クリア」か「非クリア」を判定する。非クリアと判定された場合、トリアージや遠隔医療を受けられるオプションサービスがある。

 BioIntelliSenseは、2020年1月に医療グレードのData-as-a-Service(DaaS)プラットフォームとして、リモートケア向けに体表に張るボディセンサー「BioSticker」を発表した。BioButtonは、これを小型化・改良した。医療グレードの臨床精度および費用効果の高いデータサービスを組み合わせることにより、リモート患者モニタリング(RPM)に効果を発揮している。
 BioIntelliSenseは、数多くのコネクテッド・ヘルスベンチャーで成功を収めたヘルスケアで35年の経験と実績があるJim Mault氏(博士)がCEO兼会長に就き、ウェアラブルセンサーの開発で数十年の経験のあるエンジニアとデータサイエンティストのチームから構成される。コロラド州オーロラに本社を置く非営利の医療団体であるUCHealthと、その傘下の CARE Innovation Centerと戦略的コラボレーションを組んでおり、BioStickerデバイスと医療グレードサービスの臨床試験で実証した実績がある。

カナダNuraLogixはスマホで顔を映すだけで生体情報を取得

 非接触のヘルスケアのテクノロジーで、脚光を浴びているベンチャーの1社に、カナダのトロントに本社を置くNuraLogix(ニューラロジックス)がある。この企業が開発した「Anura(アヌラ)」=写真=は、スマートフォンで顔を映すだけ身体の状態が把握できる。

 Anuraは、米MIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボから独立したAffectiva(アフェクティバ)が開発したAffective AIベースのアプリである。Affectivaは、顔の筋肉のわずかな動きから感情を分析し、データ化するテクノロジーを開発して世界的に有名になった感情検知ソフトウェアのスタートアップである。2021年6月には、AI ベースのアイトラッキングを手がけるスウェーデンのSmart Eye(スマートアイ)に買収されている。  Anuraは、装着するデバイスやセンサーを必要とせずに、非接触で血圧測定をする世界初のアプリ。心拍数、ストレスレベル、BMI(Body Mass Index:ボディ・マス指数)、心血管疾患のリスクなど、身体的、生理学的、心理的な指標を医療グレードの精度で測定する。この非接触測定のテクノロジーは、カメラに映った人の顔から生体データを解析するTransdermal Optical Imaging(TOI:経皮的光学イメージング)として、特許を取得している。

 TOIは、ビデオカメラを使用して約30秒で、皮膚を透過する光とスマホの光学センサーを用いて、スマホで撮影した顔の動画から血流のわずかな変化をとらえる。機械学習アルゴリズムを使用して、顔の血流データから血圧値と脈拍を予測する計算モデルを開発した。開発のきっかけとなったのは、TOIを用いて、顔の血流パターンで子どもの嘘を見抜く方法を開発しているときに、顔の血流と血圧が関係することを偶然に発見したことだった。
 Anuraは、NuraLogix のCEO に就くMarzio Pozzuoli 氏と、カナダのトロント大学(University of Toronto)の大学院教育センターであるDr. Eric Jackman Institute of Child Study Laboratory Schoolの教授に就くKang Lee(カン・リー)氏(博士)が共同開発した。Pozzuoli 氏は、中国出身でカナダのニューブランズウィック大学(University of New Brunswick)で博士号を取得した。

中国は2020年7月に医療AI研究プラットフォーム「MedNet」を開設

 中国に目を向けると、オンライン診療を専門とするインターネット病院がCOVID-19の流行で急増している。中国において、インターネット病院は2015年に浙江省桐郷市で初めて開設されたが、2018年に約100カ所だったが、中国政府の成長戦略として、「インターネット+医療」が掲げられたことから、2019年には500カ所超となり、2020年には900カ所を超えて、増え続けている。COVID-19が最初に広がった湖北省武漢市では2020年2月にオンライン診察の一部が医療保険の対象となった。
 インターネット病院とは、中国の医療機関と数十万人の医師と連携して、スマートフォンのオンラインチャットで診察・診断を受け、処方箋、調剤、医薬品の配送が得られるサービス。実際の検査が必要な場合は、検査車両の派遣もできる。
 国土が広大で、医療レベルの地域差が大きな中国では、適切な治療が受けられない地域も多く、そうした改善策の1つとなっている。医師の診察時間の効率を高め、感染リスクも低減させた。
 中国は、2020年7月に大規模な医療AI研究プラットフォームとして、「MedNet」を開設した。これは、医療AIを発達させ、中国が海外との研究協力を推進するのを目的とする。運営は、中国政府の情報通信分野の主管庁である工業情報化部の直属組織である中国情報通信研究院(CAICT:China Academy of Information and Communications Technology)と上海交通大学(Shanghai Jiao Tong University)が担当し、臨床医学と公衆衛生に対するAIの適用に研究に焦点を当てている。
 遠隔医療、オンライン診療の分野では、中国の "インターネット医療元年" といわれた2015年ごろから出現し、2020年からその担い手として脚光を浴びている企業がある。それは、Healthcare and Technology(平安健康医療科技)、Ding Xiang Doctor(丁香医生)、Alibaba(阿里巴巴:アリババ)傘下の医療サービスのAliHealth(阿里健康:アリヘルス)、Tencent(騰訊:テンセント)グループのDoctor Hao(好大夫在線)とWeDoctor(微医)といったところだ。

 なかでも、Ping An Insurance Group(平安保険グループ)の一部門で、上海に本社を置き、中国最大級のユニコーンスタートアップで、その後、香港に上場したPing An Healthcare and Technology(平安健康医療科技)は、中国でトップシェアのモバイル健康管理・医療アプリ「Ping An Good Doctor(平安好医生)」=写真=で知られている。  このアプリは、2015年にリリースされ、2021年1月には「Ping An Health」と名称変更している。登録ユーザー数は、2020年末時点で3億4,600万人に及び、月間アクティブユーザーは6,730万人を超えた。

 ユーザーは、アプリを使って、チャット形式でAIアシスタントに症状、年齢、性別など基本事項を伝えると、その後、医師が診断やリハビリテーション指導、薬物使用に関するアドバイスをするサービス。初期のスクリーニングにAIを活用したことで、1日40万回の診断を可能にした。3,100超の病院と7,500超の薬局と提携して、広範な医療体制をバックボーンに、AIベースのシステムによって駆動されている。このシステムには、自動処方スクリーニング(審査)と、漢方薬を含む3,000の疾患をカバーする医療品質監視プラットフォームが含まれている。
 Ping An Healthcare and Technologyは、親会社のPing An Insurance Groupの共通アカウント「一帳通」(保険・金融・決済サービス連携)が利用できるアドバンテージがあることも利用を促進している。2020年4月には、中国のAIヘルスケアシステムとしては初めて、WONCA(世界家庭医機構)から最高レベルの認定を受けている。
 Ping An Healthcare and Technologyは、2020年4月には、グローバルを視野に入れた医療相談プラットフォーム "Ping An Healthcare and Technology Company" を立ち上げている。これは、世界の人々がブラウザーベースかモバイルアプリを利用して、24時間年中無休で英語を使って、COVID-19に関する医療相談サービスとガイダンスがオンラインで受けられる。このプラットフォームでも、ユーザーは国際的な医療専門家チームにアクセスできるようになっている。チームメンバーは、 中国で最もレヘルが高いとされる病院である3級甲等病院で主治医以上の職に就いているという。
 ただし、2020年5月には、Ping An Good Doctor部門の董事長(とうじちょう)兼CEOを務めていた王濤(Wang Tao)氏が解任され、続けてCOO(最高執行責任者)、CPO(最高製品責任者)、CTO(最高技術責任者)らの幹部も全員解任され、親会社のPing An Insurance Groupが指名した幹部が就任して、Alibaba(アリババ:阿里巴巴)出身者が退陣するなど人事のドタバタがあった。

AlibabaはCOVID-19対策ソリューションを提供

 Alibabaといえば、AliHealth(アリヘルス)がAlibaba Cloud(阿里雲:アリクラウド)グループ=写真=の研究機関であるDAMO(達摩院)と在宅学習プラットフォームのDingTalk部門が共同で開発したCOVID-19対策ソリューションが知られている。  これは、クラウドネイティブなAIサービスで、COVID-19の異種を含む、さまざまな種類の肺炎の確率を予測することができる。CT(Computed Tomography)画像解析にかかる時間はわずか3~4秒で、データ転送時間は15~16秒と、約20秒で終えることができ、精度は96%に達している。人間が検出するよりも約60倍も速い。  流行予測ソリューションも備わっており、特定地域のCOVID-19の流行の特徴をモデル化し、流行の規模、ピーク時間、期間、および流行の広がり傾向を、「楽観的」「中立的」「悲観的」という3つのレベルで評価する。中国の31省がデータを検証した結果、平均98%の精度だったという。

 Alibaba Cloudには、ビデオ会議ができるだけでなく、日本語、英語、中国語、スペイン語、フランス語、ロシア語、タイ語、トルコ語、ベトナム語、アラビア語、マレー語(マレーシア語)の11カ国語に対応するリアルタイムAI翻訳機能もある。これにより、中国の医師と世界中の医師をつなぐバーチャルコミュニティを形成しようとしている。Alibabaは、2020年にこのAI診断サービスを無料で公開することを発表し、2020年上半期だけで世界の約600病院に導入されている。
 その一方で中国においては、美容・整形とともに医療関連分野で虚偽広告や詐欺行為が横行しており、COVID-19の流行するなかにあっても、高額な費用を支払っても効能がない処置や投薬を受けたり、健康・美容に悪影響を与えることも出ている。こうしたことは、医療やヘルスケアがデジタル化、遠隔化するなかにあって暗い影を落としている。
 しかし中国は、コロナ禍において、AI、5Gをはじめとするビックテックを遠隔医療・診断だけでなく、無人配達、自販機、ドローン巡回、画像認識・生成など広範な分野に前倒しで導入しており、米国と肩を並べるまでの技術大国になっている。学術誌に掲載されるAI関連の論文の引用実績を見ても、中国は2020年から米国を抜いて首位に踊り出ており、量・質ともに米国を圧倒するようになっている。日本は、ここでも中国、米国、インド、英国、ドイツの後を追っている。       

<つづく>

(清水メディア戦略研究所 代表)